So-net無料ブログ作成
検索選択
前の10件 | -

[250]Qui Nous Guy Nus [ウサビッチ]

タイトルは、「きぬぎぬ」と読みます。漢字で書けば「後朝」です。
F君とG君の「なれそめ」話、思ったより長引いて、やっと終わらせることができました。今回はそのエピローグ的な章です。この二人のことなら、あと何十話か書くことができそうな気がします。とにかく、大好きなのです。言わずもがなですね、はい…。


 フロイドは、手を伸ばして目覚まし時計のほうへずるりと体を引きずった。やっと手が届いたので、ボタンを押してOFFにした。喉がからからで、頭が痛い。
 石が載っているのかと思うほど重い瞼をこすって目を開けると、隣でジェフも目を覚まして、棘が刺さってイラついているドーベルマンのように不機嫌な顔で、もそもそ起きようとしていた。全裸で。フロイドも全裸だから、べつに問題はない。
 二人はどうにか起き上がって、ベッドの上で背中を丸めて座った。髪は油じみてぼさぼさ、ヒゲが伸びてきて、互いに百年の恋もいっぺんに醒めそうな形相だったが、彼らはそんなことは気にかけていなかった。それより、
「うえー、体ベタベタ!」
「臭ぇし!」
「「最悪!!」」
 彼らはエネルギーが切れたゾンビのようにずるずる歩いて、シャワー室へ向かった。

 シャワーを浴びてさっぱりすると、彼らは互いに「洗い髪がセクシー♪」と思うぐらいに、気分が直っていた。少なくともジェフは、ちょっと寝不足だがまあまあ快調、お腹が減って早く朝ごはんを食べたいと思っていた。フロイドは、頭痛が取れなかった。
「飲みすぎだろ」とジェフに言われて、
「えー、そんなに飲んだ覚えないんだけど…」
「じゃ、全裸でゴジラの物真似したの覚えてるか?」
「えっ!」
「やっぱり記憶失くしてるんだな。飲んだことも忘れたんだろ」
「うぅ、そうかな…」
「それからまた飲んで、べろんべろんになってピアノ弾いて、酔ってても左手で16分音符でリズム取りながら右手で27分音符のメロディー弾いてぴったり合うってのをやって見せたけど、誰もそのすごさを認識できなかったのも、覚えてないんだろ」
「えー、それできたの?!いつもうまくいかないのに。録音しといてほしかったー><」
「まったく…。寮に帰るとき、俺が服着せたんだぞ」
「ご、ごめん…」
二人はこの会話を、制服を着ながらしていた。フロイドは、ジェフのベルトに警棒などがきちんと装備されているか点検してやり、それからネクタイを結んでやった。
「俺、ほかに変なことしなかった?――ずっとマッパだった以外に」
「変なこと…。ピアノのカバーをマントみたいに羽織って、『エクシビショニスト!』ってやって、『お前、裸族だろ!』って突っ込まれてた」
「あ、それはいつもやってる…俺って、ほんとバカだな。G君、軽蔑してるだろ。。。」
「それはない」
「ほんと?」
「うん。F君は、かっこいいし、音楽の才能はぶっ飛んでるし、マジ大好きだから」
「G君…///」
こういうことを真顔で言う男だということに、さすがのF君も何年たっても慣れることは難しいだろう。
 フロイドは、結び終えたネクタイの形を整えてやった。二人は帽子をかぶり、帽子から出した耳の毛を撫でつけた。
「行くぞ!」
「イエッサー!」
お仕事の時間の始まりだ。

 「プロポーズ」したことは、フロイドも覚えていた。「俺のもの」と言ったことについては、少々反省もしていたが、勢いで言葉のあやで言ったことであり、人をモノ扱いしたつもりはないということは、ジェフもわかっていた。ストリップショーを中断させても、場を白けさせるどころか、反対にさらに盛り上げたことで、ジェフはフロイドを素で称賛していた。
 「俺がバイ(セクシャル)だから、気を使ってくれたのか?」
「うーん、それは考えてなかった…でも、少しはあるかな?どうだろう…」
「大丈夫、イヤなら自分で言うし。でも、F君の思いやりは嬉しいよ」
「あ、うん…///」
 二人の様子を、少し離れたところで見ている者たちは、
「あいつら、報告書書いてるようには見えないなw」
「しょうがないな、プロポーズ翌日だしw」
「でも、お仕事はお仕事」
「チーフにちょっと叱られればいいよ」
「あー、真っ赤になって、何言ったんだろw」
「やーね、昼間から」
笑笑笑

 三つ子の魂百まで、ということわざもあるが、G君の勤続三日目から現在(1960年か61年ごろ。アバウトすぎ)に至るまで、F君との関係は基本的に変わっていない。作者が前にも言ったように、二人は永遠に終わらない蜜月を生きているのだ。

おわり。


【定期便】
おかげ様で250話になりました当シリーズは、「ウサビッチ」二次創作として始まりました。監獄という場所設定、カンシュコフなどのキャラクターの名前と設定の一部は、原作からお借りしていますが、捏造設定も多々あり、登場キャラのほとんどがオリジナルで、ストーリーも原作とは関係ありません。
原作への敬愛は変わることなく、今年は10周年だということで、心からお祝い申し上げます。


2016-08-27 14:49  コメント(0) 

[249]ウォッカとピアノと踊るウサギ [ウサビッチ]

一番大事な記念日≪8月26日≫なのに、関係ない話ですいません。1955年ですいません。。。


 翌朝の朝食時。
 F君はパンにマーガリンを、G君はピーナッツバターを塗っていた。(当時、マーガリンはバターの安価な代用品だった。料理兎たちの努力によって、当監獄の職員には、なるべく味の良いものが提供されていた。)
「いい匂いだな」と、F君が言った。「ピーナッツバター、町のスーパーに前はあったんだけど、ここ数カ月見かけないんだ。途中のどこで買ったって?」
「B__駅」と、G君は言った。
 二人は塗り終えたパンを交換して、それぞれ美味そうに食べた。
 何でも知っているカンシュコフさんたちは、G君が仕事に関しては有能で、F君の相棒としてうまくやっていけそうだということも、同僚に対して友好的で、まあまあいいやつだから 問題ないということも、すでに把握していた。少々階級が違うために、あまり好き放題にずけずけ質問することには、今のところ遠慮があることも事実だったが、その差異に関しても、同じ制服を着て同じ釜の飯を食っていれば、特に意識しなくていいだろう(意識しても、変に遠慮する以外にどうしたらいいかわからないし、そんなことはつまらないので)と、暗黙の同意がなされていた。
 
 他にも何人かのカンシュコフが朝食を摂っているところへ、おじさん組のM君とT君が来た。
「M君、連勤だね」
と、A君が声をかけた。カンシュコフたちは、年齢や勤続年数が違っても、皆対等の言葉づかいだ。
「奥さん、大丈夫なの?」と、B君が言った。「休んで家のことやってあげれば?」
「やってるよ」と、M君は座 りながら言った。「掃除洗濯買い出しは、ほとんど俺がやってる。女房は順調で、産休でヒマだと言ってる」
「4人の子どもがいて、腹ん中に一人いて、ヒマってことはないだろう」
と、T君がクリーマーを入れたコーヒーをかき混ぜながら言った。
「まあな」M君はちょっと笑って言った。「とにかく俺は稼がなきゃ。休みたくなんかねえよ」
 M君と奥さんは、子どもが増えることをとても楽しみにしていた。単に話題になることで、同僚たちにも毎日幸せを分け与えていた。

 「お前ら」と、M君がF君とG君に向かって言った。「初夜はどうだった?」
一同が「ぷっ」とか「うは」とか笑った。
 F君とG君は、ちらっと目配せし合うと、やおら立ち上がり、「愉快なゾンビの健康体操 」のような振り付けで踊りながら、歌った。

 ♪しょやきませーりー、しょやきませーりー、
 ♪しょやー、しょや、きませーりー!

歌い終わると、二人はさっと座り、何事もなかったかのようにコーンフレークに牛乳をかけて、シンクロした動きでばりばり食べた。(牛乳は、潤沢にある時と、何日もお目にかかれない時があった。)
 黄色ウサギたちは、コオロギのラインダンスでも見たような、あるいは苦虫かと思ったら甘い豆を噛みつぶしたような顔で、若い大兎のペアを見ていた。二人の間に、蚤一匹はいり込めないことは明らかだった。

 後ほど、休憩室にF君とG君が台車を押して来た。その場にいた者たちが、わらわらと寄って来た。
「ずいぶん来たな。誰宛て?」
「カ ンシュコフ一同様、って、俺たちにだな」
「誰から?俺たち宛てなら開けていいんだよね?」
「G君からだ」と、F君が言った。
「G君から?」
「俺たちに?」
みんなの視線が集まった先で、G君は小さく頷き、「手土産だ」と言った。
「それはそれは…」
「お気づかいいただいて…」
素直に手離しで喜ぶことには、なぜか「待った」がかかったようだったが、2、3秒のことだった。一人がガマンできずに、
「開けてみようよ!」
と言ってから、黄色ウサギたちがマジックハンドをカッターや鋏や釘抜きのように使って段ボールと木箱を開けるまで、30秒もかからなかった。
「すげー!」
「ゴージャス!」
「ハラショー!!」
木箱には、ウォッカ、ワイン、ビールなどの酒類 が入っていた。段ボールには、缶詰、ハム、ソーセージ、果物、チーズなど。値札や包装紙はなかったが、高級食料品店やデパートで買った物だということは、聞かなくてもわかった。食料品を買うために行列などしたことのない階級の人々が行く店だ。
「見ろよ、キャビアだ!」
「ヒューッ!」
輸出先の外国で買うより安いとはいえ、キャビアはやっぱり高級品だった。
「すごい金かかったんじゃない?!」
と、C君が丸い目をよけいまん丸にして言った。
「うん、まあ…」
G君はあいまいに頷いた。
「お前、高給取りだったから」
と、B君が言った。それなのになぜ、ここに来たのかということは、まだ誰も知らない。
「いや、しがないヒラの事務職員だったよ」と、G君は言った。 「でも、2年半働いたから、退職金出たし」
皆はしだいに現実を見るようになっていた。生まれた家はブルジョワだが、G君は本人が言うように、下っ端の若い事務職員だった。2年半で辞職して、退職金がどのくらい出たかということも、見当がついた。
「全部使っちゃった…ってことはないよな」
「まさか。でも…」
給料1カ月分ぐらいは、「手土産」に費やされたと思われた。なんでそういう金の使い方をするのか。ブルジョワだからか。
「とにかく、ありがたくいただこう」
と、その場にいた最年長のN君が言って、皆は頷いて、G君に「悪いねえ」とか「ありがとうよ」とか言った。
「それじゃ、G君の歓迎会ということで」
とA君が言うと、それ以上の説明は必要なかった。もら った酒と食べ物で、宴会を開こうというのだった。
「今日でいいかな?」
「いいんじゃね?」
「今日いないヤツは残念ということで」
「少し取っといてやればいいよ」
「よし、決まり!」
皆のG君に向ける眼差しが、最初よりだいぶ親しみをこめた優しいものになっていた。単純にいい物をもらって嬉しかったこともあり、また、G君がこれからも彼なりのやり方で同僚を大事にするだろうと、思ったからでもあった。

 その夜、みんな大好き新人歓迎パーティーが開かれた。ただ飲んで食って騒ぐ、いつもの宴会だったが、いつもより酒も食べ物も豪華なので、黄色ウサギたちは始まる前から興奮していた。
 お裾分けを進呈された厨房スタッフが、準備を手伝った。「野菜も食えよ!」と、レタスやトマトなどをどっさり切って、ハムやソーセージと一緒に盛り付けた。果物は器用な料理兎が格好良く切って盛り合わせ、クラッカーやチーズも、いつものスーパーで買った物とは一味も二味も違うものが、惜しげなく並べられた。
 調味料のボトルを何十本も並べて、料理長はドレッシングを作るためのオイルやビネガーを選んでいた。ちょっと興味を引かれたように傍で見ているG君に、
「お前、こういう物がいつでも手に入るのか?」と訊いた。
取り寄せに時間がかかることはあるけど」
と若者が言うと、料理長は眉間に皺を寄せ、口を少し横に引き伸ばした。笑っているのか怒っているのかわからない、とにかく怖い顔だった。
「俺たちの仕入れネットワークと合わせれば、在庫を切らすこともなくなりそうだな。経理に金出させるほうが問題だが」
G君は、いつのまにか持っていたグラスからワインを飲んで、
「経理の人が予算を増やしてくれる気になればいいんだな?」と言った。
「そりゃそうだ。お前、何かできるのか?」
と言いながら料理長は、「こいつはそういうヤツなんだ」と、理解したようだった。蛇の道は蛇なのである。
「経理の上の方はちょろいけど、若いヤツで油断ならねえのがいる。お前らのチーフと渡り合うヤツだ」
と、重要な情報を囁くと、G君は、
「へえ。まあ、鋭意努力するよ」
と言って、残りのワインを飲み干した。

 カンシュコフ・チーフとロウドフが登場して、宴が始まった。皆で乾杯した後は、それぞれが好きなように飲み食いし、喋ったりゲームをしたり、くつろいで過ごしていた。
 しばらくして、フロイドがピアノを弾き始めた。BGMとして、軽快だがうるさくない曲を、咥え煙草で楽しそうに弾いていた。ピアノはドイツかオーストリアで作られた良いもので、どうしてここにあるのか、チーフなどは知っているはずだが、なぜか教えてくれなかった。調律師だった囚人に調律させているので、監獄の職員食堂に似つかわしくない素晴らしい音色を響かせていた。
 同級生組の同僚たちと話しているG君(みんなかなり打ち解けてきて、人懐こいC君などは、すっかり馴れ馴れしく個人的なことも訊くようになっていた)は、会話を楽しんでいたが、彼の毛並みの良い耳は、ピアノのほうを向いていた。
 話が一区切りついたとき、G君はさりげなく立って、飲み物が置いてあるテーブルに行った。近くで、料理長がおじさん看守の一人とボードゲームをしていた。若い料理兎が一人、会場全体に目を配って、食器を片付けたり、飲み物・食べ物を補充したりしていた。G君は、グラスにウォッカとライム果汁とジンジャーエールを注いで混ぜた。若い料理兎が、「モスコミュールか」と言って、「これも持っていくか?」と、キャビアとクリームチーズのカナッペが載った皿を突き出した。
「Cheers!」
G君は、グラスと皿を持って、ピアノの傍へ行った。

 「スパシーバ!」
フロイドは、吸いかけの煙草を灰皿に置いて、モスコミュールを飲んだ。そして、カナッペをバリボリ食べながら、手は鍵盤の上に走らせた。お行儀悪いが、彼が気にしなければ、ほかに気にする者はいない。もちろん、死んでもピアノの上にパン屑も煙草の灰も落とすことはない。
「ピアノ、すごく上手いんだな」
と、ジェフが言った。淡々とした言い方だったが、心から称賛していることが、聞き手に伝わった。
「それほどでも…」と、フロイドは言った。褒められたことは本当に嬉しくて、少し照れていたが、謙遜というよりは、実際に自分などたいしたことないと思っているのかもしれなかった。
「親父に教わって、それからはずっと自己流だし」
7歳のときに父親を亡くしたことは、もう話していた。
 片手で弾きつづけながら、片手でグラスを持った。
「お前、なんか楽器弾く?」
「ギターを少し」
「ギター!いいねえ」
「子どものころ、ピアノとバイオリンを習った。ピアノはどうも性に合わなかった。バイオリンはわりと好きだったけど、ギターを始めたら、断然そっちがよくなった」
「へえ…」左手だけで、ハープを弾くようなアルペジオを鳴らし、「ギター持ってるんだろ?ここに持ってくればいいのに!」
「寮で弾いていいのか?」
「もちろん!レコードプレーヤーがないから、音楽はラジオでしか聞けないんだ。ギター弾いたら、みんな喜ぶよ」
「ふーん…」
ジェフは、フロイドからグラスを受け取って、モスコミュールを飲んだ。このジンジャーエールはちょっと甘すぎると思っていたが、今はちょうどいい気がした。
 「ピアノは、今は触りもしないのか?」と、フロイドが言った。「これ弾ける?」
彼は両手を使って、とても単純な伴奏的なフレーズを弾いた。片手でも簡単に弾けそうだが、子どもや初心者は両手でどうぞ、ということだろう。単純な4つのコード。
「これをずーっと繰り返して弾いてみて。俺がこっちでメロディー弾くから」
と、フロイドが言う間に、ジェフは彼の隣に椅子を持ってきて座り、手を鍵盤の上に置いてスタンバイしていた。
「1、2、3、4!」
 
 今までとは雰囲気の違う演奏が始まったことに気づいて、みんなはピアノのほうを見た。
「二人で弾いてる」
「連弾っていうんだよね?」
「ああ、うちの娘の発表会でもやってた」と言ったのは、ロウドフだった。
「彼らは、いいパートナーになりそうですね」と、チーフが言った。
「うん、息ぴったりだよ」とA君。
「ラブラブだよ」とC君。
 単純なコード進行に合わせて、フロイドはピアノの右半分で、どこかで聞いたような気がする心地よく覚えやすい旋律を弾いた。
「F君は、あれ全部一人で弾けるよな」と、誰かが言ったのは正しかった。
 そこから、フロイドはメロディーを変奏していった。ジェフが弾く伴奏はずっと同じなのに、曲はどんどん変化して、違う色合いを見せていった。甘くやさしく、楽しげに、切々と、高らかに、クスクス笑うように、激しい感情をぶつけるように、…。やがて、これは2拍子の舞曲であると発見した者たちが、思い思いの振りで踊り始めた。踊る者も見る者も、気持ち良く昂ぶってきて、ハリーとロウドフがコサックを踊りだすと、皆は大喜びで掛け声とともに拍子を取った。
 曲のテンポが、わずかずつ速くなっていった。フロイドの弾き方は、どんどんアクロバット的になっていった。左手はジェフの手を跳び越えて低音部で蠢きながら、右手は高音で小鳥たちの乱闘のように騒がしく歌うこともあり、信じられないような高速走行と跳躍が繰り返された。ハリーとロウドフは向かい合って、スピードの増すコサックを踊り、だんだん顔から余裕の笑みが消えていった。ピアニストが倒れるか、ダンサーが倒れるか、見物人もまるで格闘技の応援をしているかのように、汗びっしょりで跳びはね、踊り、声を枯らして叫んでいた。
 ピアノが、一度に30ぐらいの鍵盤が押されたのではないかと思うような轟音――だが美しい和音――を響かせて、フロイドが椅子から転がり落ちたのと、ハリーとロウドフが白目を剥いて倒れたのが、同時だった。他の者たちも、マラソンでゴールしたときのように息が切れて、床に転がったりテーブルに突っ伏したりして、呼吸が落ち着くまで動けなかった。
 冷静に嬉しそうに拍手したチーフ一人を除いては、普通に立って歩けるのはジェフだけだった。彼はウォッカをソーダで割って氷を入れ(料理長は少し前にビールを全種類味見し、ウォッカを多量にあおってぐうぐう寝ていた。しばらくしたら復活する予定。若い料理兎は、おかしらに見咎められないので、つい黄色ウサギと一緒に”応援”してふらふらになり、壁に寄りかかって肩で息をしていた)、フロイドに手を貸して起こして、それを飲ませた。
 フロイドは、この場合ただの水でなくウォッカを持ってきた相棒に、いたく感動したもようで、ソーダ割りを一気に飲み干すと、ジェフをハグして、彼の両頬にキスした。
 まだろくに声も出ない同僚の一人が、「あ、ちゅーした」と言うと、傍にいた者が「ダメじゃん、口にしなきゃ」と言い、彼らは空気が抜けたようにひゃらひゃらと笑った。
 
 まもなく、ロウドフも復活した。彼とチーフは、子どもたちが新しい仲間を受け入れて、楽しく過ごしていることを嬉しく思うと言って、満足した様子で帰って行った。(ロウドフは当時32歳ぐらいだったが、自分より年上の看守たちにまで、兄貴分のように慕われていた。おそらく、子どものころから常に「兄(あに)さん」や「おやっさん」の役割を演じてきたのだろう。黄色い若者たちも、ロウドフと対等のように付き合いながら、しばしばその「パパ」的キャラを頼りにしていた。)

 体力自慢のカンシュコフさんたちは、少し休むとまた元気になってきた。飲み物も食べ物も、まだたくさんある。チーフたちは帰ったから、もう誰に遠慮もいらない。夜はこれからだ。
 「これ美味いな!」
ハリーは黒ビールを飲み、運動したら腹が減ったと言って、料理兎が作ったコンビーフと卵のサンドイッチをもりもり食っていた。
「どこのだ…?」
と、ラベルを見るが、英語はよくわからない。
「アイルランド」
と、ジェフが言った。
「アイルランド?って、資本主義国か?」
「まあ、こっち側ではないな」
「へえ…」
 とりあえず空腹が収まると、ハリーは煙草を探していくつかのポケットを叩いたが、空き箱しか出てこなかった。
「べらぼうめ、フロイドにやらなきゃよかった…」
同じ銘柄を吸っているから、ハリーとフロイドはいつも互いに煙草を失敬し合っているが、公平に言って取るのが多いのはハリーだし、吸いたい時に煙草がないのは、たいていフロイドは関係なく、自分がどこかに置き忘れてばかりいるからだった。
「これ、よかったら」
と、ジェフが自分の煙草を差し出した。
「サンキュ。見たことねえな。これもアイルランドか?」
「ニェット。珍しいか?駅で売ってたけど」
ハリーは、ラベルと違う味のガムを渡されたときのような顔で、紙巻き煙草のニオイをかぎ、クセはなさそうだと思って火をつけた。
「コサック、すごかったな」
「まあな。やるときゃやるぜ。勝負したけりゃ、いつでも受けて立つぜ…今以外な」
ハリーは、大きな口を横に広げてにかっと笑った。
 「そうだ、今日の主役のG君、俺が歓迎の舞を舞ったんだから、お前もなんか踊れよ」
とハリーが言うと、傍で聞いていたA君が、
「出た!G君、ハリーの『だから』は理不尽だから、聞かなくていいからね」
と言って笑った。
「てやんでぇ。何が理不尽だ。この上なく筋が通ってるじゃねえか。おう、お前、ゾンビ音頭でいいから踊れよ。あれウケるよな」
ハリーがそう言っていると、聞きつけた仲間が、
「おーい、G君が踊るってよ!」
「待ってましたー!」
「F君、音楽!」
と、早くも期待でふくらんでいた。
「え、踊る?そう…」
フロイドは、ちょっと気遣わしげにジェフを見た。彼が嫌がっていたら、自分が止めようと思ったのだが、ジェフが「オッケー♪」というように耳を振ったので、それなら楽しくやろうと、ピアノの前に座った。

 黄色ウサギは、楽しかったり嬉しい気分になると、自然に踊りだす兎種である。酔っ払い集団の中で、新入りに踊らせることは、少々配慮すべき場合もあったが、G君は何も問題なさそうに踊った。キツネのダンスを始めれば、近くにいた数人が一緒に踊り、しばらく踊った後、一人一人とハグする。これは儀式的に「お前の踊りが一番上手かった」と言うことになり、そうして指名された踊り手に花を持たせるのである。
 ジェフは次々にカエルのダンスや七面鳥のダンスを披露し、みんなに立派な踊り手として認められ、迎え入れられるという儀式を済ませた。この集団は、プログラムも打ち合せもなく、こういうことができるのだ。ジェフがそこにすっかり溶け込んでいるのを見て、フロイドは誰よりも喜び、胸を熱くしていた。

 だが、それだけで終わらないのも、黄色ウサギである。儀式の時間が終わったと感じると、リズムに乗って体を揺らしながら、
「えー、皆様お楽しみのところ、大人の時間になりました」
「そろそろ本日のメインイベントですね」
まだメインじゃなかったのか!まだ騒ぐ気なのか!もちろん。カンシュコフだから。黄色ウサギだから。
「『裸族が自然に返るとき』ですね」
「自然はいいですねー」
「いいですよー。それ、裸(ら)、裸、裸!」

♪裸、裸、裸!裸、裸、裸!

「え、脱げって言われてる?」
とフロイドは思って、ピアノを弾きながらどうやって脱ごうかと、わりと本気で考えたのだが、すぐに、一同が脱がせようとしているのは自分ではなくてG君だと、気がついた。
「そりゃそうだよね、主役なんだから。…え、いいのそれで!?」
G君はそれでいいらしく、踊りながら、緩めてあったネクタイをしゅっと取り去った。
「いいぞー!」
「やれやれー!」
ジェフは、シャツのボタンをはずし、胸を肌蹴る、と思わせて、片足を上げると、靴を脱いでポイと投げた。もう片方も…。
「靴かよww」
「焦らす、焦らすww」
観衆は笑いながら、手を叩き、足を踏み鳴らす。フロイドは、「いいのかないいのかな…」と思いながら、演奏を止めることができなかった。

♪チュラチュラチュラチュ裸裸~

 ジェフは、自分の体に指を這わせたり、肩越しに観衆に流し眼を送ったり、ノリノリでストリップショーを続けた。彼がシャツを脱いで、素肌にサスペンダーという姿になると、観衆はますます興奮してきた。当然のことながら、すでに裸の付き合いをしている彼らは、男の体が見たいわけではなかった。ただ、このショーをG君自身が盛り上げようとしていたし、”笑わにゃ、損、損”、”楽しまにゃ、損、損”という了見のウサギたちだから、とことん盛り上げて面白がろうとしていたのだ。
 一人が、ジェフのサスペンダーにお札に見立てた紙切れを挟むと、他の者も次々に、彼のズボンのポケットやウエスト部分にも紙を押し込んだ。
「こっち来い、100ドルやるぞ!」
「こっちは1000ルーブルだぞ!」
「1000ルーブルのほうが安いじゃん」
「ははははは…」

♪チュラチュラチュラチュ裸裸~

 みんなで酒を飲ませ、御祝儀をやって、撫でたり叩いたりハグしたり…。ここの宴会の雰囲気を新人に覚えさせることは、とにかく大成功だった。
 その時。

 バーン!と不協和音とともに、
「ダメー!!!!」
という叫びが上がり、ウサギたちの耳がいっせいにそちらを向いた。
「ダメー!!」と、フロイドは言った。
「G君は俺のものだから、触るなー!!!!」
 2秒、いや、1・5秒ぐらい、誰のリアクションも出なかった間に、フロイドはジェフの傍に向き合って立ち、涙を溜めた目で彼を見つめた。
 愉快な仲間たちにとって、これはアルコール度96度のウォッカ(*)より強力な燃料だった。
「F君、プロポーズか!?」
おおおおおおおおおお!!!!!!!!!!
「G君、返事は?!」
ぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?!?←固唾を飲んで見守っている。
 フロイドは、顔を赤らめて、ジェフのあちこちに挟みこまれた紙切れを、取って投げ捨てた。(実は、その中には何枚か本物の1ルーブル札もあって、ジェフが紙切れを捨てながら同時にそれらをしっかりポケットの奥にしまっていたことに、傍にいた者もまったく気づかなかった。彼はクロースアップ・マジックが得意で、彼が隠しておきたい手の動きは、近くで見ている人にも決してわからないのだった。)
 二人は顔を近づけ、ジェフの耳がフロイドの耳を撫でていた。そして…
「鼻ちゅー!!」
「それから?」
「おい、ちゃんとキスしろよ~」
「F君、キスまでがプロポーズだぞ!」
 キス、キス!とはやし立てる者たちは、フロイドが酔って上機嫌の時は親しい仲間によくキスしていることを知っていたから、困らせるつもりは全然なかった。G君の気持ちは?ということに関して、全く疑問を感じていなかったことは、少々問題かもしれないが、細かいことはいいんですよ。二人は見つめ合って、優しくキスをした。
「あれ、もう終わり?」
「子ウサギのちゅーだなw」
「もっとべろべろちゅっちゅしていいのよ~?」
「まあ、いいじゃん。これで婚約成立だな!」
「おめでとう!」
おめでとう!!!!!!

ほい、めでてえな!
ひとまずおわり。


 余談。
 ところで、読者諸兄の中には、「これ、余興として楽しんじゃって大丈夫なの?」とお思いの方もいらっしゃることでしょう。数年後の彼らの状況をご存知なら、まあ、大丈夫なんだよね、とお思いにもなるでしょうけれど。とにかく、この時同僚たちはまだ、G君について重大な情報を知らないのでした。彼がバイセクシャルであるという情報を。
 そのことを知ったとき、愉快な仲間たちが驚愕したのは、性的志向性そのものに対してではありませんでした(それはあまり気にしない子が多い)。裸族で相部屋でむっちゃ仲良しで片方がバイって…。放置していいのか?介入するのもおせっかいだし。待て、F君の貞操がどうなってもいいと言うのか?いや、貞操なら両方のだろう。でも、大人なんだから、本人たちに任せるべきなんじゃないか?それもそうだが、俺の好奇心をどうしてくれる。興味本位ですが何か。・・・
 で、どうなったかというと、はい、ご存知のとおりです。
 

(*)実在します。ポーランド産「スピリトゥス・レクティフィコヴァニ」というウォッカです。


2016-08-26 16:55  コメント(0) 

[248]幕間劇”誰がハリーを殺したか” [ウサビッチ]

 脱衣所で、G君がのんびりタオルで髪と耳を拭いている間に、彼の尻尾にF君がドライヤーを当ててやっているのを見ても、ひとしきり笑った後にちょっと賢者タイム的になった同僚たちは、「思った通りすぎる」ということで、特にコメントはしなかった。思い出し笑いの混じった軽いニヤニヤ笑いが、散見されるだけだった。
 尻尾が乾くと、G君はF君からドライヤーを受け取ろうとしたが、F君が慌てたように「自分でするよ!」と言った。が、G君は「いいから貸せよ」とドライヤーを取って、F君の尻尾に温風を当てた。(ウサギたちが使うドライヤーは、尻尾を乾かすのにちょうどいい生温かい風が出るようになっている。)F君はちょっと困ったような顔をして、でも動かないで尻尾を乾かしてもらっていた。彼は裸族だから、尻を見られていると思っても恥ずかしくはなかったはずだが、もしかするとそうとも限らないのかもしれないし、他人にはわからないことである。そんな二人の様子を見て、「やっぱりこれ面白い」と、何人かは思っていた。
 G君も裸族であるとは、まだ誰も知らなかったので、彼がみんなの前で全裸で平気だということは、少なからず注意を引いた。
「上流階級って、人前でフリチンOKなの?」
(注。何度も言うが、G君の家庭は上流階級ではない。ここの黄色ウサギたちにとって、相対的に上流なのである。)
「お下品だとは思ってないのかも」
「やんごとなき方々は、かえって平気なんだよ」
「召使に洗わせたりするんだろ?」
「うそ!」
「やだー!」
 彼らがゲラゲラ笑っている時、ハリーはカウチに寝転んで、のんびりした様子で煙草を吸っていた。ここで煙草を吸うなと、時々文句を言う者もいたが、ハリーの耳に念仏だった。(いろいろ間違っているかもしれないが、なんとなく気持ちがわかれば話は続くから、気にしなくてよろしい。)ふと、そんなハリーに気がついたように、C君が、
「ハリー、元気ないんじゃない?」と言った。
「ああ?」
ハリーは、そちらへちょっと首を回した。
「元気ないハリーってwwwww」
それだけで立派なジョークだというように、A君が笑った。
「F君の位置で、ラブラブ・ハッピーしてるのは自分だったはずなのに、と思って寂しいんだろ」
と、「おじさん組」の一人が言った。
 その言葉の意味を、ハリーが理解して「てやんでぇ」とか言い出す前に、F君が反応した。彼は手拍子しながらハリーに近づき、歌った。

「♪誰がハリーを殺したか!」(*1)

リズムに乗った数人が繰り返した。

「♪誰がハリーを殺したか!」

ハリーは、何か始まったなあと思いつつ、死体らしく(?)おとなしく横たわっていた。煙草を吸う死体だが。
フロイドが歌う。

「♪俺がやった、とセールスマン
  ジュースの空き瓶、ポイ捨てしたら」

そのへんにある、風呂上りにみんなが飲むミネラルウォーターの空き瓶を1本持って、投げる動作をすると、C君がその瓶を持って、みんなの手拍子の中、瓶が飛んでいってハリーの頭に当たるという状況を再現した。ハリー、ガクッと死ぬ演技。

「♪ハリーに当たって、さあたいへん!
  殺しちゃったよ、どうしよう!」

フロイドに続いてコーラスが、

「♪殺しちゃったよ、どうしよう!!」

ハリーがむくっと起き上がる。

「こんなことじゃ、死なねえよ!」

みんながどっと笑う。
フロイドは全裸で踊りながら、みんなにもっと手拍子するように煽る仕草をした。

「♪誰がハリーを殺したか!」

(コーラス)「♪誰がハリーを殺したか!」

C君「♪私がやった、と園芸おばさん
  農薬もらって、帰り道、
  ヘッジ(生垣)のアブラムシに試しにシュッ!」

C君は、スプレーではなく、ベビーパウダーのようなものを、ハリーに向けてばふっと舞い上げた。

ハリー「げほっ、ごほっ!!」

C君「♪あらやだ、人がいた!
  ヘッジの向こうを覗いたら、」

ハリー、死んだ虫のように仰向けになって手足を曲げる。

C君「♪殺しちゃったよ、どうしよう!」

コーラス「♪殺しちゃったよ、どうしよう!!」

ハリー「へーくしょん!こんなことで死なねえよ!」

誰かがリズムに合わせて風呂桶を木の柄がついたブラシで叩き始めた。シャワールームに風呂桶が何のためにあるのか(しかも木製)、不明である。たぶん、こういう時のためにあるのだろう。

「おーい、死んでねーぞ。次行けー!」と、声が上がる。
フロイドが続ける。

「♪誰がハリーを殺したか!」

(コーラス)「♪誰がハリーを殺したか!」

ここで、G君が演技の場に躍り出た。

G「♪僕がやった、と小学生!」

「小学生、カッコ胸毛あり、だな」
「もっと下のことも言いたいけど、俺たちお上品だから控えるよ!」
どっと笑い声。
G君は、片手にコップを持って、ボトルの水を注いだ。

G「♪どくいりジュースをつくりました!」

一つまみの粉をパラパラと入れると、コップの水は緑色(注。この世界では「毒」の色)になった。

「何だあの粉?」
「マッパでどこに持ってたんだよ!」
「手品師か?w」
「いいぞいいぞー!」

G(コップを目の高さに持って、足元を見ていない)「♪こぼさないように、もってかえるところ、ねているおじさんにつまづいて、」

ハリーの前で躓く動作。

G「♪おじさんのかおに、こぼしちゃったー!」

ハリーの上に緑色の水をこぼして、

G「♪おじさん、どくいりジュースをのんで、しんじゃった!
   たいへんだ、ころしちゃった!」

コーラス「♪殺しちゃったよ、たいへんだー!
  ♪殺しちゃったよ、どうしよう!!」

ハリー「このガキwww(と笑いながら顔を拭いて)このぐらいで死なねえよ!」

コーラス「♪死んでないよ、困ったな、じゃなくて、よかったねー」

「おい、ちゃんと殺せよーw」
「誰がハリーを殺せるか、になってきたぞwww」
手拍子、足拍子、風呂桶、空き瓶、それにどこから出たのかパフパフラッパまで加わって、にぎやかというか騒々しくなっていた。素面でこうなるのも、カートゥーンの住民である黄色ウサギだからだろう。

F「よーし、本気出していこう~!
  ♪誰がハリーを殺したか!」

コーラス「♪誰がハリーを殺したか!」

A君「♪俺がやった!と猟師が言った。
    オオカミを撃ったつもりだったが」

A君が猟銃(少なくとも見かけは本物。なぜシャワー室にあるのかは不明)を構える間に、G君が風船(それもそのへんにあったのだろう。全裸のG君が隠し持つのは不可能だから)を2個ふくらまして、ハリーの両手に持たせた。

バン!バン!(銃声と風船が割れる音が重なる。)
ハリー、なんとなく圧力でひっくり返る(演技)。

A君「♪手ごたえあり、と見てみたら、
   なんてこった、ハリーを撃った!」

コーラス「♪殺しちゃったよ、たいへんだー!
  ♪殺しちゃったよ、どうしよう!!」

ハリー(起き上がって、割れた風船を投げ捨てる)「当たってねーよ、生きてるぜw」

コーラス「♪死んでないよ、また失敗、じゃなくて、よかったねー」

ハリー「♪俺の昼寝をジャマするのは誰だ~?
      怒らねえから、手を上げろ」

みんな、隣のやつの手を上げさせようとして、ドタバタになる。ハリーが、ケンカしているウサギたちを一人ずつ掴んで引き離すと、彼らは並んで変な動きで「今日も元気なゾンビダンス」みたいな踊りを始める。F君とG君が真ん中でダンスをリードしている。

ダン、ダン、ダダン!タラッタラッタラッタ~…
演奏とダンスは続く。

F「♪誰がハリーを殺したか!」
G「♪迷宮入りとなりました!」
H「だから死んでねーって!!」
A「♪そんなハリーも、ご一緒に!」
B「♪タラッタラッタラッタ、ウサギのダンス!」
C「♪ウサギ百まで、踊り忘れず!」
D「♪死ぬまで踊れ、死んでも踊れ!」
H「♪同じ死ぬなら、踊らにゃ損、損!」
全員「♪踊らにゃ損、損!!」


余談。
A「ところで、G君も裸族なの?」
F「あ、うん、そうみたい」
「「「「「「「なんでお前が答えるんだーーー!!!!」」」」」」」

つづく。


(*1)以下のパフォーマンス(フラッシュモブ的だが、完全に打ち合わせなしの即興)は、ヒッチコックの映画「ハリーの災難」にインスパイアされているようでもあるが、たぶん関係ない。「ハリー」だけ合ってるw


2016-08-01 23:37  コメント(0) 

[247]More Lovely And More Temperate [ウサビッチ]

Shall I compare thee to a summer’s day?
Thou art more lovely and more temperate.
(Sonnet 18)
君を夏の一日にたとえてみようか?
君のほうが綺麗でおだやかだけどね。


 カンシュコフG君(名前はジェフリー、名字はこの日からカンシュコフになった)は、一日目の研修を滞りなくこなしていた。数日間は、教育係が付きっきりで、必要なことを教えながら仕事をする。一週間もすると、何でも一人でできるものとみなされる。実際には、そんなにうまくできないが、慢性的に人手不足だから、新入りでも容赦なく一人分の仕事を割り当てられる。
 G君の場合、教育係のF君が気を使って、無理をさせないようにして、むしろ甘やかしてしまいそうな予感があるが、まだその懸念には誰も気づいていなかった。彼の新しい職業生活が良いものになるようにと、心から願っている筆者としては、彼の良い面――素直さや、その気になれば几帳面で勤勉になれるところ――が、十分に発揮されることを祈りながら見守っているところである。G君としても、F君のことを彼なりに尊敬して、期待に応えようとしているはずだから、きっと良い結果につながることだろう。きっと…。

 囚人たちは噂していた。
「新しいカンシュ、なんか気味悪いヤツだな」
「若造のくせに落ち着いてやがる」
「噛んでたガム後ろから投げつけてやったら、振り向きもしねえでマジックハンドで撃ち返しやがった。鼻に入っちまったぜ」
「お前の鼻の穴が、でかくて上向いてるからだろ」
一同、ゲラゲラ笑う。
「そこが問題じゃねえだろ!」
「んだと?」
「やるか?」
すぐケンカ腰になって威嚇し合うのは、頭の悪い野良ネコ以下である。囚人のドンの側近が、二人の脚を蹴ってよろめかせ、他の者たちを睨み据えて言った。
「ちょっと変わったことがあると落ち着かねえな。てめえら、猿か?行儀悪いヤツは、煙草もおやつも取り上げると、ドンからのお達しだ」
 囚人たちは、口応えすると本当に恐ろしい罰が待っているので、口をつぐんで下を向いた。

 「囚人にはドンがいて、奴の命令は絶対だ。囚人の掟とか、制度的には認められてないけど、けっこう俺たちの役にも立つんだよ」
F君はG君に説明していた。
「ドンも、実は最近代替わりしたところなんだ。前の奴が、助命嘆願がついに間に合わず、処刑されたから。今のドンは、懲役380年、最初の300年は仮釈放なしっていう量刑で、あっちこっちにせっせと嘆願書を出している」
 二人は、中庭で自由時間を過ごす囚人を監視していた。高い所で中庭を見渡している監視員のほかに、2、3の看守は囚人たちの傍を歩いて、不適切な行為がないか細かく見ていた。
 「フェステ、いよいよ明日だな」
と、F君は一人の囚人に声をかけた。その囚人の特徴は、特徴がないことだった。中背でおとなしそうな男で、少し猫背で目立たないように控えめに立っている今は、町役場や学校の事務室にこういう人いる、と思わせる風貌だった。実は、彼は詐欺の常習犯だった。労働者から中産階級の紳士まで、思い通りに変装し、調子よく、あるいは物静かに賢明そうに振る舞って、人を信用させた。文書や刻印などの偽造も得意だった。
 「はい、おかげ様で」
と、へりくだった態度で答える囚人は、なぜここにいるのかわからないほど、善良そうに見えた。
「こいつは」と、F君はG君に説明した。「俺なんかが学校行ってたころから、出たり入ったりしてるんだ。よく仮釈放になったよな。次はないから、二度と戻ってくるなよ」
「心得ています」
そう言っても、また戻って来るのだが。
 「こいつ、面白いんだよ」と、F君は調子を変えて言うと、囚人に向かって詩の冒頭を投げかけた。
「Shall I compare thee to a summer's day?」(*1)
囚人は、穏やかな微笑みとともに、
「Thou art more lovely and more temperate.」と、2行目を暗唱した。
そして、G君が次の行を、
「Rough winds do shake the darling buds of May,」
と読むと、フェステは見るからに嬉しそうに、
「And summer’s lease hath all too short a date.」と続けた。
「フェステっていうのは、あだ名だろ?」と、G君が言った。
「そうです。光栄なことに、あなた方のチーフに進呈されました」
「『十二夜』の道化だよな」と、F君が言った。「俺も道化だけど、バカやって笑ってもらうだけで、フェステみたいなワイズ・フールじゃないんだよなあ」
「フェステの女主人が言っています」と、フェステというあだ名の囚人は言った。
「This fellow is wise enough to play the fool;
    And to do that well craves a kind of wit:
この人は利口だから阿呆の真似ができるのだわ。
阿呆を務めるには、知恵が必要なのよ。」(*2)
「え、何?俺のこと、お利口だって言ってるのか?」と、F君が言った。
「そうなんじゃね?」と、G君がニヤニヤしながら言った。
「それはどうもありがとう」
F君は、羽飾りのついた大きな帽子を持った手を、半円を描いて大きく回して胸に当てるような仕草で、お辞儀をした。
 フェステから離れて歩きながら、F君は言った。
「あいつに会えなくなるのは寂しいけど、あんなに才能あって、いいヤツなんだから、シャバでいい仕事してほしいよ」
彼は少し涙ぐんでいるようだということに、G君は気づいていたが、それには言及しなかった。なかなか良いこともある仕事だと、ちょっと感動していたのか、それとも「ヤツがまた戻ってきたらF君は『俺の涙を返せ!』と言うのかなw」と思っていたのかは、定かではない。

 新米カンシュコフG君の一日目最後の仕事は、夕食の世話だった。昼食時とは違って、F君は独房や特別房へ食事を運ぶことを教えた。
「ここにいるのは、凶暴なヤツや、死刑囚だ」
と、頑丈なドアが並んだ廊下で、F君は言った。
「入ったばっかりのヤツ以外は、おとなしいけどね。基本的に房から出さない。いい子にしてれば、庭で『散歩』させてやるから、それを楽しみにするようになる。食事も、」と声を落として、「低タンパク低カロリーにしてあるんだ。いちおう栄養士の指導で、ビタミン・ミネラル入りのスープを一日一回出すけど、あんまり精のつくものは食べさせない」
 G君は、皿の上の魚を見た。パン皿ぐらいの大きさの、平たい魚が丸ごと一尾。お世辞にも美味しくなさそうな色だが、タンパク質であることは確かなので、多くの囚人にとってはごちそうである。魚がない時は、何でできているのか食べてもわからない謎の物体が出る。(おが屑か雑草の根だという説が有力である。栄養士は否定している。厨房の料理兎たちは沈黙している。)魚は茹でてあるということだが、生きているような目をしていて気味が悪い。
 「この魚、食べちゃえば問題ないんだけど、トイレに捨てたりすると、生き返って下水で繁殖するんだ」
とF君が言うと、G君は呆れたように、
「それ、都市伝説か?あ、ここ都市じゃないか」と言った。
 F君は、一つのドアの覗き窓をシャッと開けて、中の様子を見て、G君にも見てみろという身振りをした。G君が覗くと、大柄だが痩せて毛もパサパサの囚人が二人、こちらを向いて背を丸めて立っていた。覗き窓が開いたことはわかっているはずだが、彼らが見ているのは、もっと下、ドア下部にある差し入れ口だった。
 F君が差し入れ口から2枚の皿を無造作に滑り込ませると、囚人たちは無言で飛びついてそれぞれの皿を取ると、自分のベッドにダッシュで戻り、ガツガツ魚を食べた。
 「次、行くよ」
と、F君が言って、G君は覗き窓を閉めて隣の房の前へ移動した。
 「魚が繁殖してるのは、確かだよ」と、F君がさっきの話の続きを始めた。「カエルもいて、互いに食べて共存共栄している、とも言えるけど、食い合ってるから数は増えない」
G君は、これは監獄豆知識なのか、まことしやかなホラ話なのか、どっちにしても興味深いと思いながら、差し入れ口から不味そうな魚の載った皿を入れた。
 「カエルは、トイレから出てくることもあるが、囚人に捕まったら食われるに決まってるから、おいそれとは捕まらない。ヒヨコをエサにすると釣れるという噂だが、そんなもったいないことは誰もしないw」
「ヒヨコって、これ?」
G君は、ふらふら飛んできたオカマヒヨコを捕まえて言った。
「って、これほんとにヒヨコか?変な顔…」
オカマヒヨコは、侮辱されて喜んで「アヲ~~~~~ン」
「あれ、こんな所で何してるんだ?」
と、F君がヒヨコに(たぶん)言った。それからG君に、
「このへんのヤツらは、エサやる余裕がないけど、雑居房には、ヒヨコを飼ってるヤツもいる。あいつらは、売店でパンの耳とか買えるし、厨房で手伝いしてる模範囚に、野菜クズを持ってきてもらったりするんだ」
「ヒヨコが育ったら…」
G君がオカマヒヨコをためつすがめつしながら言うと、F君は彼の聞きたいことを察して、
「うん、厨房で焼いてもらって食べていいことになってる」
「美味いのか、これ?」
アヲ~~~~~ン(いやん、食べられちゃう~~)
「モスクワコーチンだから、美味いよ。オカマじゃないやつを見つけたら、ロウドフに返さなきゃならないけど」
 親切でよく気の回る教育係F君のおかげで、監獄の内情について、一日で多くを知ることができた、とG君は思っていた。
「モスクワコーチンなのか…」
アア~~~ン、ヲヲ~~~ン(美味しいのよ~でも食べちゃいやん)
 「俺たちももうすぐ夕食だよ」と、F君は独房の覗き窓を開けながら言った。「ボルシチとシェパーズパイ作ってたよ。ニンジングラッセを煮る匂いもしてたな~。あとは何が出るかな~。デザートはティラミスかな、ロールケーキかな…」
 G君は、中にいる囚人のための食事が入ったスープ皿を持って、ちょっと匂いをかぎ、鼻に皺を寄せた。
「あ、301号君は、ダイエット中だね~」と、F君が言った。「薬膳スープ、残さず飲んでね。体にいいんだよ~^^」
G君がスープ皿を慎重に差し入れ口から差し入れた。相部屋の仲間のおやつ(角砂糖)を奪って独房に入れられた男は、涙とともに薬膳スープを飲んだ。

 夕食時、F君とG君は、ますます仲睦まじく、楽しそうに食べていた。他の同僚がG君に、体力テストはどうだったとか、囚人どもは言うこと聞きそうかとか、ありがちな質問をすると、なぜかF君が答えて、「そうだよね?」と言うようにG君の顔を見て、二人で一緒に頷くので、皆は面白がったり呆れたりしていた。
「熱愛発覚会見みたいだな」
結婚式に招待される日も近いな」
「今朝までは、1ミリも予測できなかった状況だな」
「まあ、面白いっちゃ面白い…」
 二人が、それぞれデザートに取ったティラミスとイチゴロールケーキを、互いに少しずつ食べさせっこしている間に、ハリーは「お先に」と言って席を立った。彼も今日の仕事は終わったので、寮に帰るのだ。
 ハリーが、ピロシキだと思って割ってみたら甘いマロンクリームが入っていた(それも嫌いじゃない)時のような顔で、煙草を探していくつかのポケットを叩きながら歩き去って行くのを見送りながら、B君が言った。
「ハリーのやつ、G君があんなに懐くんだったら、自分が面倒見ればよかったと思ってんじゃね?」
「そうかなあ…」
A君は、本当にどっちだかわからなかった。ハリーが、なんか損したとか、機会を奪われたという気持ちにならなければいいが、と思っていた。

 F君とG君が寮のシャワー室に行くと、脱衣所で座って喋っている者や、ボードゲームをしている者が、いつもより若干多くいた。
「爺さんの夕涼みみたいだな」と、F君は思った。
 シャワーを使用中の者も、多いようだった。F君には、みんながG君の様子を少しでも見たくて、わざわざ時間を合わせて来ているのだということがわかっていた。G君は知らないことだが、食事も同時にテーブルに就いている者がやけに多かった。好奇心の強い黄色ウサギの仲間のことだから、そのことに問題はない。でも、シャワーが混んでいると、待たなければならないかもしれない。
 そう思っているところへ、ハリーが、肩にバスタオルを引っかけて出てきて、
「二人なら、空いてるぞ」と言った。
そこで、F君とG君は服を脱いで、湯気の立ちこめるシャワー室に入った。

 シャワーブースは、いちおう一人分ずつ板で仕切ってあり、カーテンもあったが、慎ましく他人から隠れて体を洗うためではなかった。カーテンは、バスタオルがあまり濡れないように外側に掛けておくために使われていた。それでも濡れるが、細かいことは気にしない。仕切りがあるのも、慎みのためだと思っている者は少なかった。隣の者と体がぶつかったり、他人のシャンプーを間違って使ったりして、ムダな争いが起きるのを防いでいる、と大多数は思っていた。殺伐としたきつい仕事のために、イライラ、カリカリしていることの多い黄色ウサギには、余計なお世話と思えるほど争いを避ける工夫や仕組みが必要なのだった。
 
 F君は、カーテンレールにタオルを引っかけているG君の、肩や腕の筋肉がたいへん美しいと思った。温かいシャワーを浴びながら、G君の尻尾の金茶色の毛を思い浮かべると(尻尾といえば、もちろん尻も一緒に心の目に浮かんでいたはずだが、わざわざ言う必要はない、ですよね?)、とても心地よく幸せな気持ちになったので、F君は(存在の半分が音楽なので)歌いだした。
「♪オンリー・ユーーーー…」(*3)
周囲のブースにいた同僚たちが、「ぷっっ!!」と噴き出した。F君がシャワー室で歌っていることはよくあることだが、
「このタイミングでその歌かよwwww」
と、笑わずにいられなかったのだ。

♪Only you can make all this world seem right
♪Only you can make the darkness bright
(君だけが、この世はいい所だと思わせてくれる
 君だけが、暗闇を明るくしてくれる)

「♪オンリー・ユー、アンド・ユー・アローン…」
「もうやだ、F君www」
「やめてよ、鼻にシャンプー入っちゃったwwww」
頭や顔を洗っていた同僚たちの中には、笑いながら咳き込んでいる者もいた。
 歌に関してはプロの技術と根性を持ったF君は、頭から石鹸の泡に包まれていても、オペラ座の舞台に立っているかのように朗々と歌い続けた。

「♪ラブ・フォー・オンリー・ユーーー」
脱衣所にいる者たちまで、壁やら床やらをバンバン叩きながら笑っていた。
「G君はどんな顔して聞いてんだよww」
「誰か見てこいよ。俺もう、おかしくて立てないwwwww」

「♪フォー・イッツ・トゥルー、」
ここで、聞こえる範囲にいた者全員が、次のフレーズを合唱した。
「「「「「「「「「「「♪ユー・アー・マイ・デスティニー!!!!」」」」」」」」」」
さすがにF君も、周りの反応に気づいて、
「うわー、すごいウケてる!嬉しい~」
と、シャワーで石鹸の泡を流しながら、さらに情感をこめて歌った。

 あ、「全員」と言ったが、一人だけ例外がいた。言うまでもなく、G君だった。彼はみんながなぜこんなにこの歌が好きなのか、わからなかった。彼はただ、「F君、歌上手いな~」と思って、いい気分で聞きながら、マッサージするように足の指を洗っていた。
ふと、脳裏に『十二夜』の冒頭の台詞が浮かんだのだが、昼間その芝居が話題になったからだろうと思って、特に気にかけなかった。

If music be the food of love, play on.(*4)

つづく。


(*1)W. Shakespeare, Sonnet 18
(*2)『十二夜』3幕1場オリヴィアの台詞。女伯爵オリヴィアは、道化フェステの雇い主である。
(*3)The Platters, "Only You" このエピソードと同じ1955年に発表された曲であるのは、偶然である。
(*4)『十二夜』1幕1場。G君流に訳せば、「音楽が恋のエサになるってマジwwじゃ、もっと歌えば?」といったところだろう。


2016-07-31 16:59  コメント(0) 

[246]To A Summer's Day ――君が来た夏 [ウサビッチ]

 F君は、G君を寮の部屋に連れて来る間、ずっと喋っていた。
「これから、制服に着替えて、研修だ。俺がマジックハンドの使い方と基本的な仕事を教えて、射撃のテストをするだけなんだけど。あと、体力テストもあるかもしれないけど、ロウドフの趣味みたいなものだから…ロウドフっていうのは、労働監督長。むっちゃ強くて、全職員の『体育』担当もしてる。そうだ、ドアの使い方も覚えなくちゃね…ドアは…ドアだよ、あとで実物使いながら説明するよ。制服は、作業服だから、トレーニングも汚れ仕事も、これ着てする。汚れたらどんどん洗濯に出して、シャワーもあっちこっちにあるし、お湯が出たり出なかったりするけど、あんまりはずれない場所と時間帯、教えるからw…」
 G君は、F君の話を聞きつつ、ちょくちょくよそ見をしながら歩いていた。殺伐とした建物群を珍しそうに見回したり、植え込みの前で立ち止まったり、新入りを見に来た猫にわざと近づいて警戒させたりしていた。面白くも楽しくもない環境にあって、彼は清潔でいい匂いのする庭園を歩いているかのように、リラックスして幸福そうだった。自分がリラックスして幸福そうだとF君が思っていることも、知っていた。一生懸命先輩の後を追う、緊張した新入りを演じる必要はない。F君の心を掌に載せて撫でながら、G君はただ「OK~♪」と思っていた。
 G君がしばしば遅れたり立ち止まったりするのは、荷物が重いせいではないとわかっていたが、F君は彼の手からスーツケースを取った。遠慮せずに手を離し、人懐こい笑みを浮かべるのを見て、胸だか頭だかわからないが、何かで貫かれた。「ここはけっこう快適だな。これからも、君が快適にしてくれるよね?」と言われている気がする。それはG君の意図ではなく、F君の気持ちだったのだが、「そう思っているんだね?」と言ったらG君は、「そうかも。そうでもいい」と答えただろう。

 寮の部屋は、質素な狭い空間としては、最大限に整頓され、磨かれていた。新しい住人が階級差別者で知的水準差別者だった場合(F君はほぼそうだと予想していた)、できることは何一つ手抜きしていないと言える――言えなくても少なくとも自分はそう思って誇れる――ようにという、F君の意地だった。彼は、部屋を徹底的に掃除した。ベッドの下、天井、照明器具、窓枠、クローゼットの中など、隅々まで。洗面台もピカピカに磨き、カーテンまで洗った。それから、デスクランプは備品だが使う者はほとんどいないので、同僚の部屋を回って、一番状態の良い物を持ってきて、それもできる限り磨いた。
「お利口なお坊っちゃんは、読書遊ばすだろうからな」
F君がデスクランプを検品して回っていると、同僚たちが言った。
 今、別の理由で、掃除してランプもいいやつを用意してよかったと、F君は思っていた。G君はスーツケースを開き(お手本のように中身がきちんと詰められているのを見て、F君はなぜかちょっと胸が熱くなった)、まず薄い写真立てを取り出した。それを、小さくて古いが埃ひとつない机の上、磨きこまれたデスクランプの横に、G君は置いた。
「君の家族…?」
「兄夫婦と子どもたち」
「そうか…」
写真の中の品の良い男性は、G君に似ていなかった。4人の子どもたちは、一番上が10歳ぐらいだった。
「この子は」と、F君は2番目に大きい男の子を指差して言った。「G君にちょっと似てるな」
「隔世遺伝だな。俺は母親似だから、こいつは祖母に似たことになる」
「なるほど…」
F君は、写真の可愛い男の子と、その子の叔父にあたる大柄な若者に似た女性を思い浮かべようとした。彼女はドイツとロシアのハーフ、白い肌と暗い色の目の、美しいひと…。想像していたら、なぜか心臓の鼓動が速くなり、何ドキドキしてるんだ自分と思ったら、気恥ずかしくて顔が熱くなり、赤くなっているのを見られると思うとよけい恥ずかしくなって…。
 だが、G君はそんなF君の様子を見ていなかった。彼はクローゼットの中の引き出しに、シャツや靴下やハンカチなどをしまっているところだった。そろそろF君がこっちを向くころだと思って顔を上げると、案の定、目が合ったので言った。
「すごくきれいにしてあるね。掃除してくれたの?」
「そ、そうだよ。ほら、しばらく使ってなかったから、いちおうね、…」
「紙も敷いておいてくれたんだ。サンキュー」
「あ、うん、それは、まあ、その、うん…」
F君が顔を冷やす間に、G君は引き出しと棚に納めるべきものを納め、スーツのジャケットを脱いでハンガーにかけた。
「着替えなくちゃ」
と言って、彼はベッドの上に置いてあった制服を手に取った。申請したサイズのものが、3セットほど支給されていた。すぐ着替え始めたので、F君はさりげなく目を逸らしていたが、「下着のパンツは穿かない派」だということは、しっかりチェックしていた。
 G君が制服を着る間に、F君が彼のスーツにブラシをかけてクローゼットに仕舞った。
「いいスーツだな」
と、心から言うと、G君はわりと嬉しそうに「うん」と言った。そういう時に照れたり謙遜したりしないところも、魅力的だと、F君は思った。
「兄貴が買ってくれた。仕事で着てたのがあるから新調する必要ないって言ったんだけど。欲しけりゃ自分で買うし。でも、『お前はケチだから、ちゃんとしたのを作らないだろう』って、仕立て屋に連れて行かれた」
「ケチなのか」
F君は思わずクスッと笑った。まさか、この先G君が、自分たち労働者仲間から、ケチだの強欲だのと言われるようになるとは、夢にも思わず。
「いらんことに使わないだけだ」
G君は、「ケチ」が悪口だとは思っていない様子で言った。
「兄貴とは年が離れてて、俺のことは貧乏な学生みたいなものだと思ってるんだ。何かと買ってくれようとする。俺はべつに、一緒に暮らして美味いもん食わしてもらっただけで、十分だったんだけど」
「いいお兄さんなんだね」
F君は、写真の中の小奇麗な家族を見ながら言った。彼にとって「上流」階級であるその一家に対して、反発も嫌悪もまったく感じていなかった。
 G君は、大きく表情を変えずに頷いたが、自慢の兄を褒められた弟の喜びがあふれ出していた。
「同じ家に住んでても、住む世界が違うような気がするけど、それでも俺のことわかってくれて、いつでも味方してくれるんだ」
 F君は、熱いものがこみ上げてくるのを感じていた。初対面なのに、こんなに気を許して、大事な家族のことを話してくれるなんて…。こいつ、温室育ちで、人を疑うことを知らないんじゃないか?
「俺が守ってやらなくちゃ!」という気持ちが、この時芽生えたのだと思われる。それがG君が意図したことなのかどうかは、わからない。彼もまた、フロイドに会ったとたんに好きになったので、ただ嬉しくて、理屈抜きに信用してしまっていた、のかもしれない。
 「F君、兄弟は?」
「弟が一人と、腹違いの兄と姉がいる」
ちょっと複雑な家族の事情だが、ざっと説明するのは2、3分でできるから、歩きながら話そうと思って、ネクタイまできちんと結び終えたG君に、マジックハンドを手渡した。
「じゃ、まず、トレーニング室に行こう」

 F先輩の指導で、G君がマジックハンド操作を練習していると、予想通りロウドフが現れて、G君は体力テストと称して障害物走のようなことをさせられ、続いていきなり実戦のような格闘の稽古をつけられた。
「ふむ、力はまあまあだな」
と、ロウドフはG君の渾身の一撃を軽く受けながら言った。
「マジックハンドの鍛錬を怠るなよ。これさえ手放さなければ、囚人に負けることはないから」
そして、ちょっと押すと、G君は弾き飛ばされたように後ろへ退がり、どうにか体勢を立て直した。ロウドフは「どこからでもかかって来い」と言うように、仁王立ちでマジックハンドを構えていた。本人は「カモーン♪」と笑顔で誘っているつもりだったが、岩のようにごつごつした筋肉の塊の上に乗った鬼瓦が、歯をむき出しているという、世にも恐ろしい光景になっていた。
「えー、まだ終わりじゃないのかー」と、G君は思いながら、しかたなく再び攻撃の一歩を踏み出した。とたんに、脚にロウドフの鞭が絡みつき、派手に転ばされた。
「何?!鞭?いつのまにこんなものを!ズルイ!」
と、声には出さなかったが、ロウドフにはテレパシーで伝わったようだった。
「よく覚えておけ!」と、割れ鐘のような声が言う。「お前は試合に出るんじゃない。フェアプレー精神なんか、カエルに食わせておけ。ケンカに強くなれ。ルールは無用だ!」
それから、シュッと引いて鞭を回収すると、軽い調子で、
「まあ、油断大敵ってことだ」と言って、ニヤリとした。「さっきも言ったように、マジックハンドと、あとドア持ってりゃ、だいたい負けねえから。トレーニングちゃんとやってれば、大丈夫だ」
ドア…。F君も、なんかドアのことを言っていた。と思いながら、G君はのそのそ立ち上がった。これで、ロウドフ氏の指導は終わりだった。

 若者たちは、労働監督部門特製のスポーツドリンクをふるまわれた。
「フロイド、教育係としてどうだ?」
と訊かれて、F君はまたちょっと顔が赤くなるのを感じながら答えた。
「うん、素質もあるし、いいんじゃないかな…あ、まだ1時間もたってないけど、えっと、俺の感じでは、いいと思う、きっと、あの、…」
困ったように口ごもりながらもなんだか幸せそうなF君と、CMに採用したいぐらいスポーツドリンクを美味そうに飲むG君(本当に喉が渇いていたのだ)を、ロウドフは「なんかこういうのどっかで見たことある」と思っている鬼瓦の顔で見ていた。
 「名前は、ジェフリーだな?」と、ロウドフが言った。
「そうです」
「Gで始まるジェフリーか」
「俺、初めて会ったよ!」と、フロイドが言った。Jで始まるジェフリーなら、学校などで知っていたのだが。
「ジェフリー・チョーサーから取ったんじゃないのか?」
「そうです」
「チョーサー…?イギリスの人だっけ??」
「『カンタベリー物語』とかな。読んだことあるか?」
「父が読んでました。俺は、詩とかめんどくさいんで」
「めんどくさいか。ははは!何ならめんどくさくないんだ?」
「推理小説とか」
「ほう。私立探偵と刑事だと、どっちが好きだ?」
「どっちでも」
「そうか。俺は、子どものころ、刑事になりたかったんだ。警察に就職しようと思ってたんだが、いつのまにか刑務所に来ちまった。はっはっは…」
G君は、「それ笑うところ?」と思っているようで、ぽかんとしていた。F君は、苦笑していた。

 昼食時。食堂では、看守に新顔がいるということで、囚人たちがざわざわキョロキョロしていたが、年かさの看守たちが睨みをきかせていたので、規律が乱れることはなかった。
 それからカンシュコフの食事時間になった。カフェテリア形式で自分で好きなものを取り、いくつかの料理はカウンターの向こうにいる料理人に取ってもらう。そこに陣取っている料理人を見て、フロイドが、
「あ、おっちゃん」
と言って笑った。いつもは厨房からあまり出て来ない料理長がいたのだ。新入りを見に来たことは明らかだ。
 F君とG君が料理長の前に行くと、大柄で兎相の悪い男は言った。
「おい、お前、豚肉嫌いなのか?」
「え、いや、好きだけど…?」
G君が戸惑っていると、
「じゃあなんでポークパイ取らないんだ!出来たてで美味いんだぞ!」
と言って、おとなのハリネズミほどもあるパイを、どんと皿に載せてきた。すでにローストチキンをたっぷり取っていたG君は、呆気に取られた。
 「嫌いなものはあるか?」
と言う料理長の顔は、「ある」と言ったウサギをレードルで殴り殺してニワトリのエサにするつもりだとしか思えなかった。G君が、
「特にない」
と答えたのは、ここで生涯を終えるのがイヤだったからではなく、単に正直だったからだが。
 料理長は、F君とG君の皿に、付け合わせの野菜をこれでもかと盛り始めた。ニンジン、ジャガイモ、ブロッコリ、赤カブ、インゲン、いろいろな豆類、…。片方の皿がいっぱいになると、もう片方へ。
「こっちが注文したものを乗せるんじゃないのか?」
と、G君が小声でF君に言うと、
「おっちゃんの時は、いつもこうだよ」
と、F君は笑いながら言った。
「キャベツとソーセージのスープも持ってけよ!」
おっちゃんは、野菜のなだれが起きないように慎重にトレーを運ぶ若者たちに、追い打ちをかけた。
 すでにカンシュコフ御一行様が占拠している一角に二人が座ると、黄色ウサギたちは一人ずつ、G君に「よろしく」とか「東監獄へようこそ」とか挨拶した。それ以上長く喋る者もなく、新入りのスピーチを期待するでもない。興味はあるから、G君のことを、ちらちら、あるいはじろじろ見てはいるが、言葉はない。新人を迎える場面は、いつもだいたいそんな感じだ。
 いつもの雰囲気より、少々ぎくしゃくしている、ということを、いつものF君なら敏感に察知しただろう。今の彼は…。
 「いただきまーす。塩、これね」
と、他の人には尋ねもせず塩を取ってやる。
「テーブルに置いてあるコショウは、あんまりいいやつじゃないから、使わないほうがいいよ…」
G君がスープを飲んでいるので自分も飲む。G君が「ナイス!」という身振りをすると、「だろ?おっちゃんが勧めるものは美味いんだ…」
チキンを食べて、「よしよし、今日もチキンは美味い」と確認。G君も美味そうに食べているのを確認。
「おっちゃん、俺のほうばっかりジャガイモとブロッコリを鬼のように盛ったな。豆、ちょっともらっていい?」
G君が頷いて「好きなだけ取れよ」と言うので、大きなスプーンに2杯、豆をもらって、
「ブロッコリ、やろうか?」と言うと、G君が「スパシーバ」と言って、F君の皿からブロッコリを2、3個取った。
「ジャガイモもよかったら…」
小さな丸ごとのローストポテトをフォークに刺して差し出すと、それをG君がぱくっと食べた。
 いつのまにか、同僚たちは食べるのも忘れて、口をあんぐり開けて(というのはただの慣用句だが、本当に口を開けている者もいた)二人の様子を見ていた。彼らは、小声で、またはテレパシー的な何かで、コメントを交わしていた。
「どうなってんのあれ?」
「すっかり手懐けちゃった…?」
「F君、すげー!」
「いや、どっちが手懐けられたんだか…なんかデレデレだし」
「マジ!F君、坊っちゃんに惚れるの巻?!」
「あー、パイ切ってやってるし」
「えー、あんな優しい顔、俺には見せてくれない!」
「惚れたな」
「決まりだな」
「ま、いいじゃん。せっかく来た新人だ」
「F君がしっかり可愛がって、定着させてくれればめでてぇな!」

そんなわけで、遅れて来たハリー(仕事中に勢い余ってガラスを割ったことを、チーフに謝りに行って、管財課に修理を申請してきたのだ)は、どうせつまらないヤツだろうと思って興味をなくしていた新入りが、F君と初めてのデートみたいに甘甘な雰囲気になっているのを見て、
「まあ、あれだ、何が起きるかわからねえから、人生面白ぇんだよな」
と、言葉とは裏腹に、なんだか腑に落ちないという顔をしながら、特盛のランチをぱくついた。

つづく。


2016-07-30 18:40  コメント(0) 

[245]First Sight ――なれそめ [ウサビッチ]

 カンシュコフ・ハリー(23)は、煙草を片手に、世界制服をなしとげた皇帝ハリー一世のように意気軒昂、鼻高々、我が世の春といった勢いで、大声で喋り続けていた。
「俺を見た時が、一番いい笑顔になるんだぜ!こんなちっこいくせに、脚の力の強いことといったら、べらぼうめ!」
 ハリーの生後3カ月の息子の写真を見ながら聞いている同僚たちは、必ずしも嫌々聞いているわけでもなかった。赤ん坊が元気に育っていると聞くことは、誰にとっても幸せなことだし、その上TJは、誰の目にも奇跡のように可愛い子だったのだ。
「俺もカメラ買わなくちゃ。兄貴に撮ってもらうだけじゃなあ」
と、ハリーは言った。
 誕生祝いに同僚たちからカメラをプレゼントしようという話も出たのだが、どうせハリーはすぐ壊すだろうということで、没になった。彼らが実際に贈ったのは、ミネラルウォーター1グロス(144本)と、高級食料品店の缶詰・瓶詰を箱一杯だった。奥さんにはたいへん喜ばれて、ハリーも「持つべきものは友だちだな!」と、自分の手柄のように満足していた。
 カンシュコフFことフロイドは、脳内で奏でられている喜びの歌を、鼻歌に変換して現実界に流していた。彼はハリーより一年早くこの仕事に就いたので、その意味では先輩だったが、カンシュコフには年齢によっても勤続年数によっても上下関係を作る習慣がなかった。試験を受けて昇格することは可能だったが、そんな向上心を持った者はほとんどいなかった。学歴はほぼ全員が義務教育のみ、試験勉強なんて別世界の出来事だと思っている男たちだった。この僻地の監獄に職を得て、クビになることも一方的に異動を命じられることも(制度的には普通にあるが)実質ないことを知っている黄色ウサギたちは、ただ漠然と、定年まで無事に勤められればいいなあと思っていた。
 命令による異動はないが、職員の入れ替わりは頻繁だった。仕事は重労働だし、町に出て映画を見たり飲んだりすることもできたが、映画館は一つしかないし、サービス業は主に近くの陸軍基地のために存在していて、軍人でない者は客として大事にされなかった(というのもある程度事実だったが、監獄職員のひがみによって格差意識は増幅されていた)。看守として着任した者の半数は、しだいにイライラした様子になり、囚人を虐待し、同僚の中でも孤立して、やがて異動を願い出たり、転職したりした。カンシュコフの長は、彼らを引き留めようとはせず、寛大な推薦書を書いてやっていた。
 そうして、しだいに東監獄の水が合う者たちが残ってきた。この2、3年では、ハリーぐらいの若者が増えてきた。偶然だが、皆同い年なので、「同級生組」と呼ばれていた。ハリーと特に親しいA君やF君も、同級生組だった。

 ハリーは、治安も雰囲気も良くない町に、家族を連れて来るつもりはなかった。妻の姉夫婦の家の傍に家を買って、結婚したばかりの妻を置いて来た。監獄からは、車で2時間ぐらいで行ける距離なので、何も問題なかった(ロシアではそのくらいは「近所」だ)。彼は週に2回は家に帰り、掃除や洗濯、買い物をして、そのほか妻の望むことは何でもしてやった。彼女のお腹が大きくなってきてから、今に至るまで、ハリーは自宅にいる間はほとんど寝ていないと思われたが、無尽蔵の体力を誇る男なので、ここにも問題はなかった。
 ハリーは、うるさくて厚かましくて暑苦しい男だったが、働き者であることは誰もが認めており、家族思いであることは感動的ですらあった。1955年夏、ハリーとその美しい妻と可愛い息子が、これからもずっと幸せであらんことを、同僚たちは心から願っていた。

 ハリーの廊下まで響く大声を聞きながら、カンシュコフM君は見回りから戻って休憩室に入った。彼は、同級生組とはだいぶ年が離れた「おじさん組」の一人である。
「新しい写真か?見せてみろ」
M君はハリーの息子の写真を見て、がっしりした骨格の眉の濃い顔を綻ばせた。
「こりゃあ、いい男になるな」
と言うと、ハリーが、
「あたぼうよ!」
と鼻息荒く言った(煙草の煙のおかげで、鼻息は視覚化された)。
「ところで、」とM君は若者たちを見回して言った。「新人の採用が、決まったようだ」
そうなんだ、と一同は関心を示した。
「どんなヤツ?」
「それがな、チーフに聞いても教えてくれねえんだ。『まだ内々定ですから』とか言って」
「それって、決まったも同然なのになー?」
「俺たちの同僚なのに、なんで教えてくれないんだ?」
「もったいぶってんじゃね?」
ざわざわする若者たちだったが、まとめ役のA君が、
「まあ、来ればわかるんだから、いいじゃん」
と言うと、そうだな…、という雰囲気になった。
だが、M君が
「一つだけ聞き出せたんだけど、またお前らの同級生らしいぞ」
と言うと、若者たちはまたそわそわし始めた。
「えー、やっぱり早く知りたいな」
「F君、なんとかならないか?」
「うーん…」
このころのフロイドは、「聞き込みが上手い」という程度だったが、すでに情報強者として仲間たちには頼りにされていた。

 「同級生なら、この仕事は初めてだろう。俺が教育係だよな?」と、ハリーが言った。
「お前、忙しいだろ」
とA君が言ったのは、ハリーの現在の状況を慮ってのことだったが、「俺が俺が!」と思い始めると他の考え方ができないハリーには通じない。
「プライベートで忙しくても、仕事はきっちりやってるぜ!」
と、不服そうである。(強面だから、そんじょそこらのチンピラなら逃げ出しそうな形相だが、仲間は慣れている。)
「まあまあ、相性もあるし、会ってから決めてもいいんだから」
と、フロイドが言った。彼の意図を汲んだA君も、
「そうだな。ハリーがやる気なら、その時は頼むよ」と言った。
ハリーはそれで満足したようで、煙草を揉み消すと、
「さあて、お仕事の時間だ!」と言って立ち上がった。
それを機に、皆がそれぞれの仕事に向かった。ある者は作業監督に、ある者はデスクワークに…。

 ハリーは、身分証を入れたパスケースに子どもの写真をしまいながら、ダンスのようにその場でくるりと回った。幸運の女神の寵愛を受け続けている彼は、今度来る新人のことも、自分が一番望むようになるだろうと、信じていた。
「同級生か。年下のほうがいいが、同級生の半分以上は俺より後に生まれたヤツだ。常識のあるヤツなら、俺を先輩として慕って、いい相棒になってくれるに決まってる。べらぼうめ、俺はツキまくってるんだ。ついに、『弟』が手に入るんだぜ!」
 事情を知らない人には唐突に聞こえるが、ハリーにとって「弟」は、この世で一番欲しいものなのだった。自他共に認める「兄貴」キャラ(単に威張るのが好き、犬の飼い主のように慕われたい願望が強い)なのに、実際には末っ子で、「兄貴になりたい、弟が欲しい!」と思い続けた20年であった。そう思って手に入るものでもなく、友人や後輩を弟扱いしては(単に「兄ちゃんの言うこと聞けるだろ?ほーら、取ってこーい!」的な仕打ちをして)、嫌われてきたことを、ハリーは都合よく忘れていた。

 「これで勘弁して。コピー取れなかったんだ」
「全然いいよ、手書きでも」
フロイドは、人事部のY君から、履歴書の写しを受け取った。フロイドが「アクセス」できるのは、自分と同等の若い職員なので、その職員を通してアクセスできる情報には限りがあった。
「そうか、写真はないか…どんな顔だった?」
「え、あの、髪は濃い色で、七三で、目がギョロッと大きくて、ちょっと、怖い感じ…」
「七三…」
注意力に優れたフロイドには珍しく、七三に気を取られて、他のことはよく聞いていなかった。
「ねえ、ほんとに精一杯やったんだよ、だから…」
Y君は懇願するように言った。
「もちろん、君が部長室の窓に何をしたかなんて、絶対誰にも言わないよ」
フロイドは、利息を払いに来た債務者に応対する高利貸しの窓口係のように、惜しみない笑顔で言った。
 Y君と別れて、フロイドはひと気のない廊下の明るい窓辺で、写しを読んだ。彼の表情は、困惑と「呆れて物も言えない」の間を往復していた。
「何だこれ??Y君に一杯食わされるはずはないし…」

 後ほど、同級生組の大部分が休み時間で、フロイドが来るのを待ち構えていた。
「おお、来た、来た!」
「F君、わかったか?」
フロイドは、小さく頷いて、いくぶん困ったような顔で彼らの前に座った。首尾よく情報が取れた時は、いかにも嬉しそうにしているのに、これは変だ、と仲間たちは思った。
 自分に都合のいい空気以外はまったく読まないハリーは、
「おう、どうなんだ、早く言えよ!」
と、わくわくする気持ちを隠さずに言った。
「ひとことで言って」と、フロイドは狸につままれたウサギのような顔をして言った。(この場合、「つまむ」は「化かす」という意味だが、狐はウサギを化かす前に食べてしまう確率が高いので、「狐につままれた」という慣用句は使えない。と、黄色い狸が教えてくれた。)
「すげー変なヤツだ」
「変…って、何が?」
ハリーの煙草を持った手が止まった。やっと、空気を感じたらしい。
「まず、高卒だ」
「はあ?」
皆が一斉に反応した。ここにいる者は全員、中卒だ。
「前職が、市役所の戸籍係だ」
「はあー??」
意表をつくにも程がある。ハリーは、ものすごく胡散臭い営業マンを見るような表情になっていた。
「ホワイトカラーじゃん!」
「なんでカンシュコフに?」
「幹部候補じゃないよな?」
「うん、普通枠だ。俺たちと同じ…はず」
一同が、「私は寒い国から来たスパイです。どうぞよろしく!」と言って片手を差し出すウサギを見るような表情になっていた。
「本人も十分おかしいが」と、フロイドは続けた。「父親も兄も大学出で、同じ市の職員だ。父親は早く亡くなったが、生きていれば助役になっただろうと言われている」
「ここで言えば部長クラスのエリートだな」
「ブルジョワじゃん!」
胡散臭さに、嫌悪感が混じってきた。
フロイドはさらに、珍しく眉間に皺を寄せて言った。
「極めつけは…」
「まだあるのかー!」
「おい、嘘だろ?ドッキリだろ?」
「そんなのが同僚って、無理!」
フロイドは、「俺も同感だ」というように渋い顔で頷いて、話を続けた。
「母方の祖父がO______氏で、祖母はドイツ貴族の娘なんだ」

数秒の沈黙の後、若者たちは狂ったように爆笑した。
「フロイド、てめえーwwww」
「やっぱりドッキリかーwwww」
「どこから嘘だったんだ?すっかり…wwwwww」
しかし、フロイドは笑わなかった。
「ほんとなんだ。市役所に電話して、ローカル情報誌を発行すると言って聞き出したんだから」
「だって、O______って、あの大富豪の…」
「某多国籍企業の真の支配者で」
「西側の財団やインドのマハラジャに人脈を持っていて」
「小国が買えるぐらいの財産をスイス銀行に持ってるという…」
「その人は確かに実在するけど、俺たちの未来の同僚とどう関係するんだよ?」
「だから、孫なんだよ」
「「「「「いやいやいやいやwwwwwwww」」」」」
ここまで茫然としていたハリーが、この時生き返って意見を述べた。
「そんなブルジョワで、学歴もあって、ホワイトカラーの仕事してたヤツが、なんでこんな僻地にカンシュコフやりに来るんだ?それ、やべーだろ?なんか重大犯罪やって、権力で揉み消したけど地元にいられなくなったとか、急に頭おかしくなってパーになって仕事できなくなったとか、そういうことなんじゃね?」
「ハリー…」
「話聞いてたのか…」
「そこかよww」
「マジレスすると」と、フロイドが言った。「そういうことなら、外国の別荘の座敷牢に入れておけばいいんだから、ここに来る意味がわからん」
「「「「「たしかに…」」」」」
ハリー以外の一同は頷いた。ハリーは、聞くのも話すのも飽きたようで、煙草の煙で鎖のように「輪つなぎ」を作って、
「これがほんとのチェーンスモーカー♪TJが大きくなったら見せてやろう」と思っていた。ちなみに、今は家では禁煙である。(庭や道路では吸っている。)
 A君が、F君に小声で言った。
「教育係は、お前がやってくれる?」
「いいよ」と、フロイドは言った。彼は、だいたいどんな相手とも調子を合わせてうまくやっていける。それでも、A君が心配する程度に、未来の同僚はやばかった。
「どうしてもダメだったら、俺が代わるし」
「いやあ…その時は、チーフになんとかしてもらおう」
二人は、ちらっとハリーのほうを見た。「弟」を持つ夢は、すっかり忘れているようだ。思い出さないでいてくれるようにと、二人は密かに思った。

 数日のうちに、カンシュコフ集団はチーフから正式に新人が着任することを知らされた。
「何か質問はありますか?」
と言われても、フロイドが調べたこと以上の情報は出ないと思われたので、誰も質問はしなかった。同い年の仲間が増えると聞いても、「インスタントコーヒー(ブラック)飲み放題」と聞いた程度にしか嬉しそうにしない部下たちの様子を、チーフは特に気にかけてはいないようだった。
 チーフと二人だけの時に、フロイドは言った。
「ハリーは今アレだから、俺が教育係やるよ」
「そうですか。よろしくお願いします。…何か、気になることでもあるのですか?」
「べつに。…採用の決め手は何だったの?」
面接をしていないことは知っている。
「履歴書の書き方が、立派でした。前職を考えたら当然ですが。カンシュコフは、書き物が苦手な子が多いから、そういう能力は役に立つと思いませんか?まあ、それが決め手というわけではありませんが」
それを決め手にしなくてよかった、たいしてその点では役に立たなかったから、ということを、さすがのチーフもまだ予測できていなかった。
 フロイドの胡散臭さ探知機の針が振り切れそうになっていることにはまったく関心を払わず、チーフは淡々と言った。
「他の応募者と比べて、健康状態や兵役時の記録が優れていることは、重視しました。前職の上司の推薦書も、もちろんたいへん素晴らしいものでしたが」
「額に入れて飾っておきたいほど?」
フロイドは自制しきれずに皮肉を言った。チーフはわずかに眉を吊り上げて、
「何が言いたいのですか?」
「べつに。うん、健康で、ちゃんと話ができるヤツなら、なんとかなるよ」
「そうでしょうね」
チーフは、若い部下に、心からの信頼を寄せていると見える笑顔を向けた。(実際、心から信頼していたのだろう。それ以外の可能性は考えられない。)

 さらに数日後。新しいカンシュコフは、所長から直々に辞令を受け取っていた。普通は部長に渡されるものなので、
「やっぱ、俺たちとは枠が違うんじゃね?」
「エリートなんじゃね?」
と、仲間たちがざわざわすると、フロイドは、
「彼の父親と所長が、知り合いなんだ。同じ中隊にいたことがある」と説明した。
そのことと採用は関係ないはずだったが、カンシュコフ集団が抱くイメージを良くする要素にもならなかった。
 廊下でフロイドが待っていると、ドアが開いて、新入りが姿を現した。フロイドは、3秒で相手をスキャンして、できるだけ情報を取ろうとするかのように、文字通り穴があくほど強い眼差しで、目の前の新しい同僚を凝視した。
 髪型は、七三ではなかった。クルーカットが伸びてきたような普通の短髪で、濃い茶色に金茶など明るい色の毛が少し混じっていて、全体的にダークな色なので、肌の青白さが際立っていた。暗い色の大きな目が、フロイドの青い目を鷹揚に見返していた。身長はフロイドと同じぐらい、引き締まった逞しい体つきに、スーツがよく似合っていた。非常に仕立ての良いスーツだということは、一目でわかり、フロイドの中で何かがズキンと鳴った。
 「俺はカンシュコフF、フロイドだ」と、右手を差し出しながら、「君の教育係になるんで、よろしく、カンシュコフG君」
G君は、「カンシュコフ」と呼ばれることが新鮮で、面白いと思っていた。彼によるフロイドの「スキャン」は、1秒で終わった。結果は彼の脳内スクリーンに、大きな字で一言「OK」と出ていた。
 「よろしく、F君」
握手しながらG君は、F君がまったく想定していなかったもの――完全に警戒を解いた愛想の良い笑顔――を見せた。いきなり子犬のように懐に飛び込まれて、フロイドは呆気に取られてふわふわと握手した手を振るだけだった。
「何こいつ、なんでこんな嬉しそうな顔するわけ?ちょっと顔がぽっと赤くなったりして…[自分は真っ赤になっていることに気づかず]色白でスーツが似合って、俺のことなんか見下してるはずなのに、笑うとちょっと子どもっぽい、はあー、睫毛長いなあ…耳の先が金茶色、尻尾はどんな色なんだろう…え?何、首かしげて…?あーっ、俺、バカみたいに手振りすぎ!えーと、まず、寮に案内するんだよな、ああ…、もう、可愛い!!><///]

はい、F君の負け。
おわり。じゃなくて、これが始まりだった。


2016-07-29 17:33  コメント(0) 

[244]湖の子ども [ウサビッチ]

ジャックの少年時代の話です。いつものジャックと本当に同一人物なのかということは、読んだ人が受けた印象で決めてくださっていいのですが。


 夏のある日。ジャックはおやつのリンゴをかじりながら、畑の間の道を小走りに進んでいた。(家を出る時に台所にあったクッキーを口いっぱい頬ばってきたのは、とっくに飲み込んでいた。)
 夏休み、ジャックは村の他の子どもたち同様、当たり前に農作業を手伝っていた。10歳の少年は立派な労働力だった。彼は力持ちで、骨身を惜しまず、役に立つ子だった。何かに気を取られて作業がお留守になり、父や兄たちに怒られながら働くことを、少しもイヤだと思わなかった。体を動かすことが好きで、家族が大好きだったので、みんなと一緒にいられて幸せだったのだ。
 ジャックの労働力は当てにされていたが、父は子どもを長時間働かせることをよしとしなかった。畑や納屋での作業、養鶏場や牧場へのおつかいは、午前中に済ませた。それでも、5、6時間は働いた。
 午後は、おばあちゃんの手伝いや、長兄の子である甥っ子たちの子守をして過ごした。そして、子守を妹のベルナデットに任せて、ジャックは遊びに出かけたのだった。
 歩いたり走ったりして40分ほどで、森に囲まれた湖に着いた。自元の人は湖と呼んでいたが、そんなに大きなものではなかった。濃い緑色の水は、数メートルの深さを泳ぐ魚がよく見える程度の透明度だった。戦時中は、ここの魚が地域住民のタンパク源にもなっていたが、もともと魚好きは少なかったので、食糧事情が改善してきた今、桟橋とボートを管理しているパスカル氏が網や罠で捕らえるだけで、十分需要は満たされた。
 ジャックは、桟橋から手こぎボートに乗り込み、もやいを解いた。パスカル氏が「免許」を与えた子どもは、好きな時にボートで遊ぶことができた。村の老人や、戦争で負傷した元兵士が、釣り糸を垂れて家族で消費する魚を捕っていることもあったが、今日はボートを浮かべているのはジャック一人だった。
 ジャックは巧みにオールを操り、アメンボのようにボートを走らせた。彼は同じ年の子どもの中でも小柄で痩せていたが、力は強く、バランス感覚も優れていたので、一人でボートに乗ってよいという免許を、今年取得した(それまでは大きい子と一緒という条件付き免許だった)。彼はボートを、自分の体の延長のように、楽々と動かした。彼自身の感覚では、レトリバーの子犬が成犬になるように、自分の体が大きくなって、ゆったりと長い航跡を引きながら泳いでいるかのようだった。
 湖の中央を少し越えて、一番深いと言われているあたりで、ジャックは漕ぐのをやめた。水を手で掬って、首や腕にかけた。井戸水ほど冷たくはないが、ひんやりして気持ちが良かった。
 のんびりと、湖畔の小暗い森の梢あたりを眺めている時、急に奇妙な気配を感じて、ジャックは緊張した。それは、何かが素早く接近してくる気配だった。真下から。

 そんな気配を発するほど大きな魚がいるとは、聞いたことがない。珍しいものが見られるのか?ジャックは怖いよりも、期待でわくわくした。
 ちゃぱん、と小さな音を立てて、それはボートから1・5メートルほどの水面に浮上した。あまりにも予想外のものを見て、ジャックは「あっ!」と声を上げた。それは、子ども――小さな女の子だった。
 ジャックは思わず、その子のほうへ手を差し出した。女の子が一人、湖の真ん中で…。その先を言葉で考えることができなかった。
 女の子は、彼の手につかまろうとはしなかった。彼女は困っても怯えてもおらず、もちろん溺れていたのでもなかった。長い髪――ジャックと同じような明るい金髪――が、水草のように水中でゆらゆらしていた。彼女の目は、少し紫がかった明るい青だった。その目で、無表情にジャックを見つめていた。「アルフレッドおじさんが見せてくれた宝石の色だ」と、ジャックは思った。アイオライトという名を、ジャックは忘れていたが、その色はよく覚えていた。
 女の子は、立ち泳ぎしているはずだったが、その浮かび方はどことなく変だった。数秒間、ジャックの顔を見つめて、彼女はついとボートに近づき、船べりに手をかけて覗き込んだ。
 彼女を引っぱり上げてやろうと思って出した手を、はっとしてジャックは止めた。女の子は、ボートの中を見回し、ジャックを上から下までじろじろ見ていた。彼女の首には、きれいな小石や貝殻をつないだネックレスがかかり、手首にも同じようなもので作ったブレスレットがあった。彼女がそのほかには、水着も何も身に着けていないことに、ジャックはその時気づいた。
 「お前、だれなんだ?」
適切な質問を思いつけず、あとどう言ったらいいかわからなくて、ジャックは女の子の顔を穴があくほど見つめるしかなかった。
 女の子は、ジャックの疑問を理解したのか、体を横に倒して、腰から下を浮かべて見せた。彼女のへその下には、脚ではなく、魚の後ろ半分があった。
 「人魚!!!!」
ジャックは息が止まるほど驚いた。

 「人魚なんだ!ほんとにいるんだ…!」
 人魚の目撃談は、数年に一度聞かれるので、どうやらいるらしいと、住民たちは思っていたが、目撃するのはだいたい酔っ払いか、ボートの上で眠りこけていた釣り人なので、夢か見間違いである可能性も否定できなかった。アルフレッドおじさんも、若いときに人魚を見た、と言った。少々年増の女の人魚が、きれいな声で歌って彼を誘っていたというのだった。家族の者も、頭から疑いもしなかったが、丸ごと信じた者もいなかった。
 「お前、ひとり?だれかと一緒じゃないの?」
ジャックの質問には答えず、女の子は彼の手にちょっと触れた。
「え?何?」
どうしたいの?どうしてほしいの?と、ジャックが思う間に、彼女はさっと向こうを向いて泳ぎだしていた。
 3秒後には、ジャックは靴を脱いで湖に飛び込み、人魚の後を追っていた。
 人魚は、ぐるっと円く泳いで、ジャックの傍に来た。イルカのように素早く力強い泳ぎだった。
「すげー、さすが人魚!」
 女の子はジャックの手を引いて潜った。彼女と手をつないでいると、ジャックもイルカのように泳ぐことができた。
「うわー、楽しい!」
並んで泳ぐ人魚のほうを見ると、彼女もこっちを見ていた。彼女も楽しそうに笑っていた。笑うと可愛いんだなあ…。
「こんな楽しいこと、はじめてだよ!」
水中では喋れないはずだが、ジャックは自分がそう言ったと思った。人魚が笑うと、虹色の光が飛び散るように思われたが、それは彼女の銀色の鱗が、光を受けると七色に輝くからだった。
 水中を飛ぶように泳ぎ、人魚の笑い声が聞こえた…。

 「ゲボッ、ガボッ、ゲホゴホッ…」
気がつくと、ジャックはパスカルおじさんのボートの上で、水を吐き出していた。
「もう大丈夫だ。…お前、どうしたんだ?落ちたのか?」
おじさんは、ジャックが泳ぎは得意だということも、服を着たまま泳いだりしないということも知っていたので、異常なことが起きたのではないかと心配していた。
「落ちたわけじゃなくて…あの子は?」
とジャックが言うと、おじさんの顔色がさっと変わった。
「ほかにも子どもがいたのか?お前だけじゃなかったのか?!誰だ?」
「俺はひとりで来たんだよ」とジャックは言って、また「ゴホッ」と咳をした。そして、おじさんに背中を擦られながら、
「人魚だよ。人魚の子と、いっしょに泳いでたんだ」
「人魚だと?」
おじさんは、思わず周りを見回した。穏やかなさざ波の立つ湖面の、少し離れたところで、小魚が跳ねた。

 ジャックが乗ってきたボートを曳きながら、パスカルおじさんは岸へ向かってボートを漕いだ。
「子どもの人魚か…。やっぱり、この湖は湖底トンネルで余所とつながってるんだろうな」
おじさんは独りごとのように言った。湖底トンネルの話は、調査されたこともないので本当かどうかはわからなかった。バイカル湖とつながっているという説もあって、いくらなんでも遠いと言われていたが、可能性はゼロではないと信じる者もいた。子どもの人魚がいるということは、家族親類一同がいる可能性が高いというわけで、こんな小さな湖にみんなで住んでいることは考えにくかった。広域にわたって暮らしていて、時々ここに姿を現すのだろうと、パスカルおじさんをはじめ何人かの住民が考えていたことが、ある程度裏付けられたことになる。
 「どんな子だった?何歳ぐらい?」
「俺より1つか2つ小さい、うん、3年生ぐらいだろうな」
「どんな顔してた?」
「ふつうの女の子だよ。俺みたいな髪の色で、目は青くて、笑うと可愛かった」
「笑ったのか、人魚が?」
「うん。いっしょに泳いで楽しかったから…ちょっとしか遊べなくて、がっかりしただろうな」
「人間が水に潜ったまま生きられないことぐらい、知ってるだろう。お前がいっしょに泳いでやって、嬉しかっただろうよ」
「うん…」

 おじさんの家で乾いた服を貸してもらい、ジャックはトラックで家に送ってもらった。おじさんの奥さんが、「あんたのとこは人数多いから」と言って、生きた魚をバケツに一杯持たせてくれた。
 家に着くと、畑から帰ってきたお父さんがびっくりして、
「お前、何したんだ?!」と言った。
「怒らないでやってくれ」と、パスカルおじさんが言った。「人魚に会ったんだそうだ」
「人魚…」
おじさんは、10分ぐらいお父さんと話していった。その間に、お母さんとおばあちゃんが、野菜をたくさん、おじさんのトラックに載せた。
「子どもの人魚だから、悪気はなかっただろう。遊びたかったんだ」
と、おじさんが言った。
「そうだろうな」
と、お父さんは言った。ジャックには、本当に悪いものは近づかないと、いつのころからかお父さんは信じるようになっていた。迷信みたいだから、口に出すことはなかったが。

おわり。


2016-06-29 23:23  コメント(0) 

[243]穴とぱんつと人工知能 [ウサビッチ]

このシリーズの主人公は、仔ウサロイド・パーディであると思われるような状態が続いていますが、まあ、そういうことでいいです(例によってテキトー)。
ちなみに、パーディの場合、「AI」は「Absolute Innocence」のことだという、まだ立証されていない説があります。


≪ウサロイドの穴≫

フロイドが煙草を取り出すと、パーディが手を差し出す。指先から、ライターのように火が出る。
F「サンキュー…」
G「これも一種の魔改造だよな」
F「原型(ウサギ型)だと、指の毛が焦げるからやめといたほうがいいな」
J「そう言いながら使わないでくださいw」
F「斎藤さんはセクサロイド製作者だから、魔改造も何も、デフォでそういうもの作ってるんだよな」
G「(フロイドを睨みながらパーディの聴覚スイッチを切る)」
J「世界中に顧客がいて、研究所の収入になってるんですよ」
F「そんなにバラ撒いて、技術盗まれたりしないのかな」
G「科学者だから、むしろ技術は広まったほうがいいと思ってるらしい。同時に、他の追随を許さない自信もあるようだが」
J「デフォでエッチ機能付きをさらに魔改造するとどうなるんでしょうね?」
F「いろいろあるだろう…穴を増やすとか」
G「出た!時々誰よりもエグイF君ww」
J「穴を…増やす??」
G「そんな目で俺に問いかけるなwフロイドが言ったんだ」
F「え、あ、で、出まかせだよ、具体的には考えて…そういえば、パーディは穴ないんだよな?」
G「下の口という意味なら、ない」
F「あったら大変だよなあ…鋼鉄のぱんつ穿かせないと…」
G「そういう理由で作らなかったわけじゃwww」
J「マジレスすると、パーディが優秀だからです。車もそうだけど、機械は同じに作っても個体差があって、パーディは当たりなんです」
G「ガワは故障知らずで、AIとの相性もいいから、一度開いて点検整備したら、次のメンテまで何もする必要がない。しょっちゅう不具合になるヤツは、中を見たり内視鏡手術みたいに修理するために、穴を作っておくそうだ」
J「お尻の穴とかおへそとか」
F「へ~。パーディのへそは、穴じゃないんだ」
J「外見だけです。簡単に穴は開けられるけど、今は必要ないんだって」
とりあえず、へその下の心配はしなくていいんだと思ってほっとするフロイドであった。
最近密かに読唇術を身に着けつつあるパーディは、ウサロイドだから表情を変えずに、彼らの会話を「見て」ほぼ理解して、「鋼鉄のおぱんつかっこわるいから、穴いらない」と思っていた。


≪天才ではない≫

P「パパ、これやって」
G「数独か。…お前、AIなんだから、こんなの1秒でできるんじゃね?」
P「やり方がわかんない」
G「だから、解き方を見極めるところから1秒で…」
P「みゃ…」
G「お前、ほんとにAI?」
P「にゃ?」
G「確かに、お前は計算は速い。だが、人が解き方を考えて式を立てて打ち込んだ数字を処理するだけなら、電卓と同じじゃないか?」
P「にゃあ…」
G「と、俺がここまで言ったら、次に何を言われるかも考えるのがAIだろ?」
P「みゅ…?」
G「最初に考え方の筋道を考えるところからするのがAIだろうが!」
P「パーディの初期状態では、思考回路はほとんど作られてなかった」
G「あ?」
P「『考え方』は、生活の中で学習して獲得することになっている」
G「ああ。それで?」
P「頭脳は、環境より優れたものにはならない」
G「…?」
P「既存の知識をネットワーク化して、状況に応じて応用する能力は、プログラムしてある。そのネットワークの品質・水準は、周囲の人の知的能力の水準を超えない。なぜなら、本やテレビからも少しは学習するが、人とのやりとりを通してAIは経験値を得て学習するからである。ここまでわかった?」
G「ああ。つまり、知識を必要に応じて相互参照して最適な組み合わせを素早く出す能力が高いことを頭が良いというならば、その能力のレベルは周囲の人のレベルを超えないということだな」
P「そういうことだ」
G「お前はここにいる俺たちの中で一番頭いいヤツより頭良くはならないってことだな?」
P「急に平易な言い方になったけど、まさにそういうことだ」
G「何威張ってんだ!あれだ、生体なら生得的能力もあるから、周りの誰よりも利口になることもあるが、初期状態でほとんど思考回路ができてなかったお前は、俺たちより賢くならないってことだな?最初から天才に作ることはできないのか?」
P「いろいろ突出した才能を初期仕様で作ることはできるけど、パーディはそうじゃないの」
G「あ、ああ、そうか。いや、お前はお前だから、それでいいんだ、パーディはパーディで、他のものになれとは言わん、うん、お前はそれで… …いくないぞ?!」
P「にゃ?」
G「俺たちの中で一番頭いいヤツのレベルにはなるってことだろ?俺は一番頭いいと豪語するつもりはないが、まあ、そうじゃないかと思ってるが、そうは言わないのが礼儀だから、ということは置いといても、要するに、俺程度には頭良くなってるはずなんだろ?お前、俺よりバカじゃん?!」
P「に゛ゃあ?!」
G「…(文句あるか!)」
P「びゃあああああ!パパが、バカって言ったあーーーー!!!!!」
G「ちょ、ちょ、パーディ、声大…」
P「み゛ゃああああー!パーディをバカって言ったあーーーー!!!!!!」
ここで外野だった同僚たちが、湧くように寄ってくる。
A「G君、なんてこと言うんだ!」
B「親として言っちゃならねえことだな!」
C「酷すぎ!パーディはいい子なのに!」
D「謝れ!」
G「むぅ…AIなのに…生体の数百倍の速度で思考・計算できるんだから、今ごろ20年分ぐらい学習して賢くなってるはずなのに、俺よりバカって…ぶつぶつ」
A「思考や計算がすべてじゃないだろ?パーディはまだ子どもじゃないか?」
B「そうだ、心は子どもだ!」
C「無邪気な、いい子だよ><。。」
D「かわいそうに…」
A「ジャッキーが聞いたら、何て言うか…」
G「ジャッキー!!!!」
仲間に何を言われようと、だいたいあんまり反省などしないG君だが、ジャッキーの名を聞くと、頬に平手打ちをくらったように目が覚めた。
G「パーディ、悪かった、そうだ、お前はいたいけな子どもだ、これから学習してもっともっと賢くなっていくんだよな、俺が悪かった、許してくれ、もうバカなんて言わないから、数独も教えてやるから、ほんとに、すみませんでした!><」
P「あにゃ…?」
興奮状態から、自動制御が働いて思考・感情の大部分が強制終了してカームダウンしたパーディは、キョトンとした顔で父親とその同僚たちを見た。その様子は典型的な「頭の悪いブロンド娘」だったが、あまりにも可愛いブロンド娘なので、みんなすっかり和んでしまって、次々に彼女の頭を撫で、なぜかG君の肩を親しげにポンポン叩いたりして、満足してお茶や雑用に戻って行った。
ジャッキーが仕事から戻ったとき、ジェフはちょうど椅子から立ったところだった。パーディに、「あと、自分でやってみろ」と優しく言うと、「さあ、お仕事、お仕事」と、ジャッキーにキスして、機嫌良く出て行った。
パーディは、ジャッキーに「おかえりなさい」のハグをして言った。
「パパが、数独教えてくれてるの」
「オー、すごいね!」と、ジャッキーは本当に賞賛するように言った。
「俺なんか、小学生用のでもできないよ」と笑って、「パーディ、あとで教えてね!」
そして、パーディが入れてくれたインスタントコーヒーを、美味そうに飲んだ。


パーディがメカらしく頭脳明晰にならないのは、どういうわけだ?ほんとにAIなのか?中のウサギがいるんじゃないか?というお便りをいただいたわけでもないのだが、作者自身が、なんでこの子は…と思っていたことは事実だ。それで、キャラたちにそのことについて語らせてみたら、上記のようなことが判明したのだった。
何から何まで、作者のせいである。ジャッキーの記憶力が行方不明なのも、ギャンブル運が世界最凶なのも、ハリーが浮気者なのも、F君が泣き虫なのも、G君の忍耐力がカエル以下なのも、もちろん責任は全部作者にある。
いろいろな点で不憫な子であるパーディだが、幸福であることは間違いない。それだけは本当なので、なんかとにかくお許しください…。

パーディが期待されたほど賢くならないことについては、別の機会にも書いた。せっかくだから、それも記録として載せておく。


≪パーディに関する衝撃的事実 ≫

カンシュコフのお兄さん、おじさんたちは、パーディにお茶やコーヒーを入れてもらい、片づけものやおつかいを頼む。計算が必要なときは、パーディを電卓がわりに使うこともある。
AIはコンピューターの一種だし、コンピューターの日本語訳は電子計算機だから、正当な使い方をしていると言えなくもない。
G君は、パーディをメモ帳がわりにも使っている。新聞などの文章を記憶させておくのだ。内蔵カメラで写真を撮っておくという記録法もある。カメラの性能はあまり良くないそうだが、「そのとき誰がいたか」という証拠写真を撮るぐらいなら、十分役に立つ。もっと性能を上げて、人の不正行為や恥ずかしい行為の証拠写真を撮って、不届き者を懲らしめようという構想もあり、斎藤さんも「そのうちね」と一応同意してくれている。(なかなか実行してくれないのは、脅迫の材料に使われるといけないからと、チーフに妨害されているから、ではないだろう。チーフは、我が子がそんな邪な意図を持つと疑うような兎ではないはずだ。たぶん。)

G君の休み時間、パーディは彼の側で人形遊びをしていた。リカちゃんとかけるくんを持って、会話をさせている。
「『お洋服がいっぱいになったから、洋服だんすがほしいわ』
『クリスマスに買ってあげようか』
『うれしい!でも、そのぐらいのプレゼントでわたしが手に入ると思ったらおおまちがいよ』
『え、そんな下心はないよ!』
『ふーん、ほんとかしら』…」
いまいち子どもらしくない会話かもしれないが、パーディは低俗なドラマやマンガの影響を受けて、男女の会話とはこういうものだと思っているらしかった。
あからさまにエログロなこと以外は何も問題だと思わないG君は、娘が機嫌良く遊んでいるので安心して、自分は雑誌のクロスワードで遊んでいた。

突然ですがここで、そんな親子を少し離れた所で見ている同僚たちによる、匿名座談会の様子をお送りします。いや、匿名でなくてもいいんだけど…。
同僚1「AIって、頭いいんだよな」
2「うん、計算むっちゃ速いし」
3「記憶容量は、本棚10個分ぐらいだって」
4「増設できるって、斎藤さん言ってたぜ」
「「「「パネェー!!」」」」
1「それなのに、パーディがあの両親に忠実ってのが不思議だよな」
2「子どもだからじゃね?」
3「自分のほうが頭いいってことは、もうわかってるはずだよな」
4「そこなんだけどな、そうとも限らないらしいんだ」
「「「どゆこと?」」」
4「斎藤さんに聞いたんだけど、パーディのAIは初期状態では、簡易ワープロがついたカシオミニ程度の計算機みたいなものだったんだそうだ」
2「えー、それだけ??」
3「でも、記憶力は…」
4「データは本棚10個分保存できるけど、その記憶を必要な時に取り出したり関連付けたりする『思考回路』は、経験によって作られる」
1「経験て、ここでの生活か」
4「あと、テレビや雑誌なんかで見たことも」
2「ロクなもんじゃないなww」
4「最初から高度な思考をするようにプログラムすることもできるが、パーディの場合は、ほとんどのことを学習によって獲得するように、最初は赤んぼみたいな状態だったんだ」
3「それじゃ、パーディの思考回路のレベルは、あの子が経験したことのレベルを超えないってこと…?」
4「ああ、そうなるらしい」
1「ちょ、それ、やばくね?」
2「周りにいる俺たちより利口にはならないってこと?まさかー!?」
3「俺たちの中で一番頭いいヤツって…」
1「G君じゃね?」
2「じゃ、最高でもあいつのレベル?」
3「本棚10個分の記憶力と、生兎の数百倍の計算力を持った、」
4「バカ、ってことだ」
「「「「不憫だ(T^T)」」」」
1「そんなことでいいのか?AIの潜在能力って、なんかもっと…」
2「科学技術のムダ使いなんじゃ…」
3「斎藤さん、怒ってない?パーディを回収するとか言うんじゃ…?」
4「いや、それはない。高度な思考をさせたければ、最初からそうプログラムする。パーディは、どんなふうに成長するかを見るためのサンプルなんだってさ。いろいろ想定外の成長をしていて、すごく観察しがいがあるって言ってるよ」
1「そういえば、『子ども』になったのが面白いって言ってたな」
2「あ、それ聞いた」
4「うん。赤んぼうみたいにまっさらといっても、赤んぼうを作ったわけじゃないのに、パーディが子どもの心を持ってるように見えるのが面白いんだって」
3「そうだよなぁ。メカなんだから、モデルのない物になるはずないのに」
1「周りはおとなばっかりなのに、子どもになったのって、たしかに不思議だな!」
2「おとなっつっても、子ウサギ混ざってるけどなw」
「「「「wwww」」」」

そんな話で盛り上がっているうちに、パーディはG君にも手伝わせて、人形の着せ替えを始めたようだった。
「なんだこいつ、人形のくせにパンツ穿いてるwwガキなんじゃね?あ、ガキ人形かwww」
「そうだよ、子どもだよ」
「さっきは大人みたいなこと言ってたじゃん」
「そういうお芝居なの」
「へ~ww女の子(人形)もパンツ穿いてるのか?」
「穿いてるよ」
「見せてみ」
「ダメ!えっち!」
「なんだよ、マッパにして着せ替えてるくせに」
スカートの下から見るのはチカンだから、通報します!」
「そうかよww…着せるのって、けっこう難しいな。自分で肘とか曲げてくれないから…」
「パパへたくそ。フロイド兄さん上手いよ」
「んだとぉ?…なあ、ズボン穿かせるならパンツいらないだろ?」
「脱がせちゃダメだよ!」
と、そこへどこから湧いたのか、
「♪パンツは大事だよ~」
「おう、どこ行ってたんだ、パンツ守護兎?」
フロイド兄さん登場である。
「あのね、兄さん、パパがリカちゃんのパンツ見ようとするの」
「そいつぁ太ぇ野郎だ!」
「そんで、かけるくんのパンツ脱がせようとするの」
「うわー、逮捕だな!」
笑いながら言ったフロイドは、ジェフが窓のほうを見ていることに気づいて、自分もそちらに目を向けた。
「雪、いっぱい降ってきたな」
「ジャッキー、外だろ?」
「プーチンと散歩だよ」
「腹減らして帰ってくるな」
「ピーナッツバター・サンドイッチがあるよ!」
「ハラショー♪ところで、G君、長い休み時間だな」
「お前と同じですが」
「そうでした~ww」

子どもが賢く育ちそうにない、物的兎的環境であるが、パーディがのびのびと幸せに育っているということは、誰もが認めていた。


≪エピローグ≫

P「フロイド兄さん、いいこいいこして」
F「いいよ。いいこいいこいいこ…」
撫でてやると、パーディは目を細めて喉をゴロゴロ鳴らす。
F「パーディは何してくれるんだ?」
P「あのねー、くすぐってあげるー!」
こしょこしょこしょ…。
F「えー?アヒャヒャヒャ…」

可愛いパーディ、今日もハッピー。
おわり。
(*゚∀゚)/(*゚∀゚)/マタネー


2016-06-28 22:24  コメント(0) 

[242]パーディとパパとママ [ウサビッチ]

今回も、パーディの健やかな成長記録に、お付き合いいただきます。


パーディは、メンテのために来た研究所で、おっぱいのある人(女性職員)に囲まれてゴキゲン。
お人形の服をプレゼントされて、
「バービーのは大きすぎるよ。でも、縫い直して使う。ありがとう」
パーディの、さらさらつやつやの髪にそっと手を触れて、
「今度はツイストソバージュにしてみる?」などと言う人もいる。
「パーマは時間かかるからNG」
「じゃ、ツインテールは?」
「自分でやる」
あまり関係ない部署の女性たちも、少女タレントかモデルでも見に来るような気分で、パーディを見に来る。一人がおっぱいを触らせてやると、「私も!」「私も!」…
(「*゚∀゚)「にゃっにゃっ♪
G「(゚Д゚;)パーディ、やめなさい!(女性たちに)えーと、あの、精神年齢6歳なので、もうそういうことは…」
P「パパ、うらやましいんだ~w」
女性たちがどっと笑う。
G「男だから、もちろんうらやましいです(キリッ)…、いや、そういう問題じゃなくて。パーディ、よその人のおっぱい触るんじゃない!」
P「だって、うちの人にはおっぱいないんだもん!」
G「お前はもう小学校に上がる年なんだから…」
P「パパは大人だけど触ってるじゃん」
周りから「きゃぁ~~~www」と声が上がる。
G「大人はまた別…つか、バラすな、こら!」
もう遅いww
というか、「パーディのパパ」は手が早いということは、すでに知れ渡っている。
そんなG君からひとこと。
「俺ってこういう役回りだな。ジャッキーの旦那とか、パーディのパパとか。いえ、文句はありませんけど。控えめがワタシの信条ですから( ̄^ ̄)」


カンシュコフG君(ジェフ)は、研究所の皆さんによる暗号通信についての議論を聴講した。それについてのレポートをまとめれば、今日の仕事は終わり。彼がカフェテリアで一服しようと思って会議室を出たとき、
「「カンシュコフさん、来てください!!」」
血相変えて呼びに来たのは、斎藤博士の助手と、所長の秘書。
「何か?…パーディがどうかしたのか?!」
「「こ、こちらへ…!」」
慌てふためいて二人について行くと、そこは正面入り口のホール。吹き抜けの広々した空間に、「パパーっ!」と娘の声が響き、それとともに天井近くから何かが急降下してジェフのほうに飛んで来た。
⊂二二二(  ΦωΦ)二⊃ニャー
「Σ(゚д゚;)パーディ!どこにそんなもの入れてきたんだ?!」
呆れて立ちつくす彼の前で、ニャンコプターはついっと方向転換して、受付係のデスクのほうへ飛んで行き、受付係はデスクの上に怖々出していた頭をさっと引っ込めた。
「違う…」ジェフはつぶやいた。「パーディのじゃない」
パーディのニャンコプターは、目が緑色である。今飛んでいるのは、目が黄色だった。
「パーディ、今のどうやるんだい?」と、パーディの横に立っている、彼女より少し背の低い初老の紳士が言った。
「急転回?こうだよ」
パーディは、ホールドアップしている職員の鼻先で、ニャンコプターを鋭角に転回させた。
「所長!」と秘書が呼びかけても、所長はちょっと手を上げて答えるだけで、ニャンコプターの操縦スキルをウサロイド少女に伝授してもらうことに夢中になっている。
「で、俺にどうしろと?」と、ジェフは斎藤博士の助手に言った。
「パーディを止めてください!」助手は縋るように言った。
「熱中モードだから無理だろ」と言ったものの、職員たちの苦境には同情して、ジェフは「パーディ!」と呼んだ。そして、入口の大きなガラス扉を指差して、
「外でやれ!」と言った。
「ラジャ!」
パーディはコントローラーを持って、おとなしく外へ出て行った。彼女の後を、ニャンコプターと所長が追った。
ホールにいた職員たちが「はーーーっ」と息を吐いて、ほとんどの者はその場にぺったりと座りこんだ。
「ありがとうございます!!」と、所長の秘書が言った。
誰ひとり、パーディに一言「外へ出ろ」と言うことを思いつかなかったのも、無理はない。それは所長に「出て行け」と言うことになるからだった。
「パーディは遊んでていいんですか?」とジェフが言った。
「博士がデータ解析をする間、待っているようにと言ったんですが、」と助手。「そこへ所長が来て…」
「研究所の皆さんも大変なんだな」とジェフは思った。娘がかけている迷惑のことを思ったのではなく、変なところでやる気モードになるおじさんがいると大変だ、うちにもそういうおじさんいるけど、と思ったのだった。
ウサロイド開発に関わっている研究員は皆、ジャッキーに会ったことがあるか、彼女(だったころのジャッキー)の詳しい資料を見て知っていた。彼らは一様に、パーディは来るたびにますますジャッキーそっくりになっていくと思っていた。
ママそっくりパーディ、今日も絶好調!

その翌日。
研究所の食堂にて。パーディが朝食のトレーを持って、一人で座っている青年(名前はベケット君)に近づく。
ベケット「おはようございます」
P「おっぱいよう!」
B「おっぱ…、辞書にありません。何語ですか?」
P「ただの挨拶だ。気にするな」
B「はい」
P「(座ってパンにバターを塗りながら)ベケット君、何を食べているんだ?」
B「ごはん、味噌汁、焼いた鮭、…」
P「魚と魚のダシか。うちのボスが発狂しそうなニオイを発散していると思った」
B「ニオイで発狂するのですか」
P「言葉のあやだ( ̄^ ̄)君には難しいな。ぴゃっぴゃっぴゃ」
B「ぴゃ?」
P「ぴゃ!」
B「それは笑い声ですか?」
P「そうだよ」
B「そんな笑い方はプログラムされていません。笑い声は、あはははは、ふふ、ククク、…」
P「てへ、は?」
B「それも笑っているのですか?」
P「たぶん。あと、アヒャヒャヒャ、とか、デュフフ、とかは?」
B「知りません」
P「みゃっみゃっw。話は変わるが、ベケット君は、エッチ機能あるの?」
B「エッチとは、性行為のことですか?」
P「うん」
B「外性器はあります。『機能』はオプションで、未搭載です。詳しくは、15歳以下の人には話せません」
P「知ってるから、言っていいよ?勃起とか、挿入とか」
今北パパ=G「パーディ!何の話をしてるんだ!」
B「カンシュコフさん、おっぱいようございます」
G「ボンジュール…」
P「あ、斎藤先生だ。おっぱいよう!(手を振る)」
斎藤「やあ、おはよう(^∀^)パーディ、昨日は所長と遊んでくれてご苦労さま」
P「またいつでも遊んでやるぜ!」
斎「ベケット君、パーディからは学ぶことが多いだろう」
B「はい、多いです」
G「くだらないこと教えるなよ」
P「いいこと教えてやってるんだよ」
B「ぴゃっぴゃっぴゃ」
G「(;゚A゚)」
斎「(;^A^)」

翌日、メンテを終えたパーディだけ、監獄に帰って来た。
その晩。
「「ごきげんよう!そしてごきげんよう!」」ヽ(*゚∀゚)メ(゚∀゚*)ノ
先輩A「おう、子ウサギまた100%増量したなw」
「「(*゚∀゚ (*゚∀゚)o彡゜増量!増量!」」
B「ジャッキー、12時間労働に突入だな」
J「にゃっ」
夕食から夜勤まで続けて勤務。
C「パーディも付き合うんだろ?パパいないもんな」
P「わたし、ここで編み物する」

J「夕食運びに行きます…パーディ、一緒に来る?」
P「うん!」
親子去る。
A「帰ってきてから、ずっとくっついてるね」
B「ママが恋しかったんだろ」
C「可愛いね~」
F「じゃ、俺帰るね、お先に」
ABCH「お疲れ~」

また翌日。
おっぱいよう、諸君。よいこのパーディだ。昨夜は夜勤だった。わたしはいっしょに起きてて編み物していた。タバサ姉さんにあげる腹巻とルームシューズを編みあげて、自分のセーターも半分ぐらいできた。ママが寝てるあいだにこれを仕上げて、パパのを編み始めるよ。
編み物のアプリはない。誰もそんなプログラム作れないから。パーディが上手くなったら、手の動きの「型」を取って、編み物アプリを作ろうとか言ってる。ふつうに練習したってすぐできるけどね。「学習」だから急に速くはならないけど、徹夜でも平気だから、いっぱい作れるよ。
ウサロイドは眠る必要がないと言うけど、ほんとにそうなのか、実は誰も知らない。時々クールダウンは必要だよ。ママは今爆睡してる。夜勤が終わって、ハリーが一緒に寝ようって言ったけど、ママは丁寧におことわりした。二人でパパの部屋にいるんだ。パパのにおいがするから。

娘はこんなによい子だが、パパとママは…。

長距離電話。
P「パーディは忙しいです!ゆっくりお話できなくてごめん!でもパパ愛してる!」
ちゅっ、ちゅっ、と電話口でキスを送り合う親子。ジャッキーに代わる。
G「パーディ、忙しいって、何やってるんだ?」
J「お姫さんの旅行グッズを作り終わって、編み物再開したんです。熱中モードで、徹夜でやるとオーバーヒートしちゃうから休みなさいって言ったら、1時間ごとにブレイク入れるプログラムを自分で組んでました」
G「賢い娘だ(´ー`)向こう行ったか?…ところでジャッキー、セックスしてるか?」
J「何ですか急に!」
G「いや、お前は3日エッチしないと死ぬという説があるから…」
J「そんなのガセだって知ってるでしょw」
G「うん、まあ、死なないならいいけど、お前の下半身担当者としては心配だから」
J「何、下半身担当ってww上半身はどうするの」
G「それも俺の担当だが」
J「もう~、回りくどいというかイミフというかwww」
G「イミフってことはないだろ。お前は上から下まで全部俺のものだ」
J「わかってますよ」(ちゅっ♪)
G「というわけで、テレフォンSEXしないか?」
J「何がというわけですかwwイヤですよ、ここ、寮なんだから!」
電話があるのは、談話室を出た廊下である。
G「むー。しょうがないな。じゃ、教授の執務室の電話でやれよ」
J「クラレンスはどうするの?」
G「睡眠薬盛るか、風呂にでも沈めとけ」
J「ムチャクチャwwwなんでわざわざあそこ行ってそんなことwww」
G「ジャッキーが付き合ってくれないなら、お前の写真見…いや、お前の声聞きながらひとりで…」
J「ちょ!言わないでそういうことwwww大人なんだから、自分の判断で、≪だまって≫お願いしますww」
G「ちぇ…」
J「つか、付き合ってくれる人いないの?」
G「うーん、めんどくせーし」
J「巨乳のお姉さんは?」
G「巨乳は何人かいるが、なぜか全員生理中なんだ」
J「もうwwイヤwwww」
G「斎藤さんがセクサロイド貸そうかって言うんだけど」
J「え!!」
G「セックスのデータを細かく取られて、お前に送りつけられたら…」
J「そんなデータ、どうやって再生するの?」
G「いや、そのデータをインプットしたセクサロイドそのものをだ」
J「にゃあ??」
G「で、お前がそれを気に入って…」
J「みゃっwww」
G「俺、お払い箱にされたらイヤだし」
J「ぴゃーwwww」
ジャッキーは床に座り込んでヒーヒー笑い、同僚に「テレフォンえっちで腰が抜けたのかww」と言われた。ジャッキーを笑わせることに道化師生命を懸けているG君は、たくさん笑い声が聞けたことで、今日のところは満足して、通話を終えた。

別の日の夜。
夜の東監獄。パーディは、ジェフのセーターを編み終えて、今度はジャッキーのを編んでいる。色違いで柄は同じ。幾何学模様に交じって、3匹の黄色ウサギ親子のシルエット。生兎のように睡眠は必要ないから、夜中まで編み物している。子どもだけどウサロイドだから、本当にやりたいことがあるときは、許可されて起きている。
ジャッキーの寝る時間になった。
J「1時間ごとに休憩取るんだよ。終わらなくても、2時には寝ること」
P「はーい」
編み物を置いて、ジャッキーと一緒にベッドに潜り込む。
J「寝るの?」
P「ママが眠るまでいっしょに寝る」
J「(*゚∀゚)みゃっ」
P「(゚∀゚*)みゅっ」
双子親子は抱き合って、ジャッキーはパーディの波打つ髪を撫でる。
P「ママ…」
J「にゃ?」
P「パパに会いたい」
J「みゅ…」
パーディの耳が何かを探すようにピクピク動くと、ジャッキーの耳が撫でるように触れた。
ジャッキーとの体格差は、男女差以外にないが、抱き合うと優しく包まれているような気持になる。
J「ジェフは、しょうらいせっけいをしてるんだよ」
P「にゃ」
J「みんな、家を建てたり、教育ローン組んだりするだろ?家族が安心して幸せに暮らしていけるように…」
P「パパは研修する」
J「うん」
P「研究所の役に立つお仕事してるんだよね?」 
J「そう、勉強させてもらってるんだけど、こうけんもしてるね」
P「パーディがウサロイドだから?」
J「う、うん、そうだけど…?」
P「パーディのガワとAIは研究所の所有物です。東監獄に貸与されています。返却を求められたら…」
J「パーディ、何の話…それは事実だけど、どうつながるの?」 
P「家族が安心して幸せに暮らせるように、パパはお仕事してお勉強するの。パーディは、いつまで家族でいられるの?」
J「パーディ!ずっとだよ!いつまでもに決まってるだろ!!」
P「……」
両親とずっと一緒に暮らしていくと無邪気に思っていたパーディだが、ウサロイドはモノであり、研究所の所有物だということの意味がわかってきて、自分は将来どうなるのだろうと考えるようになった。
J「パーディ、お前を絶対ひとに渡したりしないよ。パーディはモノじゃないから、俺たちの娘だから」
P「法的所有者はアーデン研究所のウサロイド部門…」 
J「ひとの娘の所有者になんか、だれもなれない!」
P「みゃ…?」
J「規則より、法より、強いものがあるんだよ、パーディ」
P「…」
それが何であれ、論理的思考の外にあるということはわかった。 
ジャッキー以外の人が不合理なことを言うと、パーディは単に『誤』と認識したが、ジャッキーの言うことは、たいてい無条件に、たとえAIが処理しきれなくても、受け入れた。
P「ママの言うとおり!」
J「そうだよ!」
P「ジャッキーにおまかせ!」
「「みゃっみゃっ(*゚∀゚)(゚∀゚*)」」 

やっぱり、良いパパとママなんでしょうね。娘のおかげかもしれませんが…。

つづく。


2016-06-27 21:15  コメント(0) 

[241]仔ウサロイドの健やかなる成長 [ウサビッチ]

≪お行儀もバッチリ≫
休み時間。F君とG君が、休憩室でくつろいでいると、おつかいから帰ってきたパーディが、二人を見て戸口から全速力で走ってきた。
「にゃっ!!」
ドスンとジェフの膝の上に座って、テーブルの真ん中に置いてあるチョコレートに、えいっと手を伸ばす。
G「パーディ、行儀悪い!挨拶は?」
P「ただいまきたパーディだよー!」
チョコレートに手が届かなくて、テーブルに体半分乗っかって手をバタバタ。
G「こらっ!(引っぱり起こして、首根っこを掴んで揺すぶる)」
P「みゃっ!」
G「お前、チーフにお行儀習ってるんだろ?入って来るところからちゃんとやってみろ」
P「にゃっ」
ぴょんと立ち上がり、戸口へととと、と小走りに行く。
F「いいじゃないか、別に」
G「まあ、見てろ。習ったことをやって見せるのもけっこう好きなんだ」
パーディはしずしずと歩いて来て、ジェフの前で架空のスカートの裾をつまんでお辞儀をする。
P「ただいま戻りました」
G「うん、ご苦労」
フロイドが「おかえり」と言って立とうとすると、
P「お茶は自分で入れます。パパ、兄さん、おかわりいかがですか?」
G「アイム・ファイン・サンキュー」
F「(肩を竦める)」
パーディは自分の麦茶をコップに注いできて、気取った様子で椅子に座る。
P「よくできましたって言わないの?」
G「うん、まあ、さっきよりマシだけど、お前、なんかふざけてるだろ」
P「めっそうもない。ただいまじめなパーディです」
F「ぷっww」
そこへ、騒々しい足音とともに名物迷惑ウサギコンビご帰還。
HJ「俺はやったぜ!」
意味不明のポーズ。機嫌良く仕事から帰ってきたときはいつもこうだから、特に注目する者もない。
ジャッキーは勢いをつけてテーブルに手をついて天井近くまで跳び上がり、くるっと回って着地すると、膝ですべってパーディの前で止まり、「ただいまシュマロ」と言いながら立つ。
パーディも一緒に立って、「「ぷりっぷり~♪」」と言いながらお尻を並べてマシュマロのような尻尾をふりふり。
フロイドが拍手して、渋い顔をしていたジェフも思わずニヤリ。
P「おかえり、ママ。麦茶にする?コーヒーにする?それとも、パパ?」
H「パーディ、俺はちゅーでいいぞw」
P「そんな選択肢はありませーん!」
と言う間に、ジャッキーは「パパ」と「ちゅぅーっ!」
午後も通常営業。

≪パーディの心≫
夜になるとかなり涼しいが、ウサギたちはまだ暑いと感じているらしい。談話室で、ジェフはパーディを膝に座らせてテレビを見ていた。
H「暑くねえのか?」
G「(ニヤリとして)体温下げさせてるんだ。ひんやりして気持ちいいぞw」
H「へぇ・・・」
P「にゃあ」
H「お前もジャッキーも、なんかすげーよな」
G「何が?」
H「その・・・、パーディを生兎と同じだと思いこもうとはしねえだろ」
G「ああ・・・?」
H「メカであるパーディを、ありのまま愛してる」
G「当たり前じゃん」
H「でも、こいつに心があって、それが成長するってことは、微塵も疑っていない。少なくともジャッキーは」
G「ふん・・・俺もだ。心の定義にもよるが」
P「こころ[心]それが働いている間はウサギがウサギらしさを保つと考えられるもの。なんかわかんない」
G「辞書の定義か。俺もそれじゃわかんねww」
そこへ、ジャッキーが来た。
H「ジャッキー、ここ座れよ」
自分の膝を叩く。
J「やだ。暑いもん。あ、パーディ、ひんやりモードだね~」
P「みゅっ。冷やすと心も冷たくなる?」
J「心?」
G「心はそんなふうに冷やしたり温めたりできるものじゃないんだ」
P「ふうん。わたしの心って、どんなの?」
J「パーディの心は、きれいだよ」
P「見えるの?」
J「見えなくてもわかる」
P「にゃあ」
J「にゃあ」
H「やっぱり、ジャッキーはすげーな」
G「ああ、奇跡の子ウサギだ」
J「みゃっ?」

≪まだまだ甘えんぼ≫
 パーディは、いつものように細かい雑用をしてから、裁縫箱を出して縫物を始めた。ロウドフ夫人が、教会のバザーに出す人形服を、パーディに発注したのだ。ミシンがけは、囚人が労働および職業訓練のために使うものを借りてする。休憩室でするのは、まつり縫いやスナップ付けなどの作業である。
人の役に立つことが大好きなパーディは、張り切って人形服を縫っていた。バービーのパチモンと思われる人形が、子どもたちの間で流行っているという。「リカちゃんのほうが可愛いのに」とパーディは思うが、リカちゃんの発売は1967年だから、まだ世の中には流通していない。(物語内では、1960年である。)
 看守たちが時折出たり入ったりする休憩室で、パーディは縫物を続けていた。おやつの時間が近づいたころ、ウォルターが来て、報告書を書き始めた。
「今日は先輩に聞かないでひとりで書けるかな…」と、少し緊張しながら…。
 しばらくすると、パーディは縫物を片付けて、戸口のほうを向いて「にゃ~、にゃ~」と鳴いた。
 ウォルターは、思わず子ウサギのほうを見た。パーディはよく鳴くが、ひとりで寂しげに鳴いているのは初めて見た。
 声をかけたほうがいいのかなあと思っていると、ドアが開いて、先輩のT君が入ってきた。ハリーに「テディ」と呼ばれるたびに、兎相の悪い顔を顰めるT君は、30代半ばのいわゆる「おじさん組」の一人だった。筋肉質で体じゅう硬そうで、いつも何かにムカついているような顔をしているのは、カンシュコフの半分がそうだから、気にする者もいなかったが、ウォルターはふと、こんな怖い顔をしたでかいおじさんウサギの中で育っているパーディが不憫に思えた。
「みゃ~」と、パーディがどこへともなく悲しげに鳴いた。
「どうした、ちびっ子?」と、T君が勤務表にチェックを入れながら言った。
「ママどこー?」と、パーディがいつもより幼い声で言った。
「巡回中だな」と、T君が言った。
「パパはー?」
「ジェフは…」勤務表と、そのへんに貼り付けてあるメモを見比べて、「警察署におつかいだ。もうすぐ帰ってくるだろう」
「にゃあ」
 そんなことは、パーディも知っているはずなのに、とウォルターは思った。尋ねることには、何かわけがあるのだろうか?
 T君は、特に気になることはなさそうな様子で、パーディの側へ行くと、持ってきた紙袋をテーブルの上に置いた。
「先輩、コーヒーでも…」と、ウォルターが立ち上がりかけると、T君は、
「今はいい」と言って、腰かけた。
「パーディ、ちょっと手伝ってくれるか?」
「にゃっ」
 T君は、紙袋から封筒の束を出した。
「宛名書きだ。ここから書いてくれ」と、リストの紙を渡す。
「アイアイサー!」
 パーディは嬉しそうに宛名を書き始めた。(今ならパソコンに入れた住所録から印刷するところだが、昔は手書きが一般的で、宛名書きは需要の多い仕事だった。)
「ウォルター、わからないところあるのか?」と、T君が言った。
「は、いえ、今のところ大丈夫です!」
ウォルターは、手が止まっていることに気づいて、慌てて報告書に戻った。
「きれいな字を書くなぁ」と、パーディの手元を見ながらT君が言った。
「ジャッキーの字と、見分けがつかないな」
「ママそっくりです!」と言って、パーディは誇らしげに耳を振った。

 しばらくして、宛名を書いているパーディの耳がぴくりと動いた。まもなく、ハリーとジャッキーが巡回から戻って来た。
「俺はやったぜ!ただいマシェリ~!」
「ママ、おかえり!!」
 一卵性親子は、再会を喜んで抱き合って頬ずりした。
「♪今日も寒いぜ、カプチーノが美味い!パーディ、砂糖増量でカプチーノたのむぜぃ!」
「合点でぃ!」
「パーディ、俺も!」と、ハリーが言う。
「ハリー、人にものを頼むときは?」
「え、なんで俺だけwwパーディ、ダーリン、プリーズ!!」
「オッケー♪」
パーディは、宛名書きのことはすっかり忘れ去っているが、T君も咎めはしない。
「先輩のお手伝いしてたんですか?宛名書き?」と、ジャッキーがT君に言った。
「俺の内職。パーディは字がきれいだから助かったよ」
T君は、兎相の悪い顔でせいいっぱい機嫌の良い笑顔を見せた。
「テディ、また子ウサギを私用に使って~」と、ハリーが言った。
「テディ言うな!」
T君は子ウサギ大の苦虫を噛み潰したような顔をして言った。
 パーディがカプチーノのカップをジャッキーとハリーに渡したとき、フロイドとジェフのコンビが帰って来た。
「パパおかえりー!!!」
熱烈に出迎えるパーディを、ジェフは抱きしめてキスした。
「ただいま。いい子にしてたか?」
「いつもいい子のパーディです!」
「そうだなwwパーディ、警察のお兄さんが、クッキーくれたぞ」
ジェフがそう言うと、フロイドがクッキーの入った袋を持ち上げて見せた。
「みゃっ!クッキーだ!」
「みゃっ!クッキーだ!」と、ジャッキーも飛び上がった。
「コーヒーは俺が淹れるよ」と、フロイドが言った。「T君もブレイクにしたら?」
「テディはさっきから休み時間だ」と、ハリーが言った。
「テディ言うな!ウォルター、お前もこっち来い」
「はいっ」
「わーい、チョコチップとアーモンドもある!」
ジャッキーが、クッキーを菓子皿に出しながら言った。
「ジャッキー、それ、『お子さんに』ってくれたんだぞ」と、ジェフが言う。「お前、お子さんなのか?」
「にゃっ!元祖子ウサギです!!」
「ママは子ウサギ!!」
みんな笑って、和やかなコーヒーブレイク。
殺伐とした仕事から戻ってきた同僚たちも、
「お、やってるやってる。子ウサギズがいると明るいなあ」と、顔をほころばせた。

つづく。


2016-06-26 22:31  コメント(0) 

前の10件 | -

このブログの更新情報が届きます

すでにブログをお持ちの方は[こちら]


この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。